『ぼっけえ、きょうてえ』 著者:岩井志麻子 発行:角川書店 |
……夢ゆうて、何じゃったかのぅ。
“ぼっけえ、きょうてえ”とは、岡山弁でとても怖いという意味だそうです。
ホラー小説大賞を獲ったのですから、ジャンルは当然ホラーでしょう。しかし、哀しくて哀しくて仕方が無い小説です。まさかホラーでこんなに泣かされるとは想像もしていませんでした。
「ぼっけえ、きょうてえ」は女郎の寝物語り、岡山弁の語り口調ですすんでいきます。醜く愛想もない女郎が客に頼まれて身の上を語り始めるのですが、それはそれはきょうてえ話でした。ただ、私は話の中身よりも、自分の力ではどうしようもない苦境の中にたまらない恐怖と哀切を感じました。“努力次第でどうとでもなる”環境で生きている事が当たり前のような今の世の中ですが、ほんの数十年前までは女郎になるしか選択肢が無い女たちが沢山いたのです。淡々と進む彼女の語りに、底知れぬ苦しみと悲しみが沈んでいます。何もかも慣れ、諦めてしまった彼女ですが、その中の小さな暖かい想いに泣かされます。 言葉をじっくり選んで、踏み固められた小説を書く、次回作がとても楽しみな作家だと思います。4編とも、きょうてえほどに哀しい物語。甲斐庄楠音の「横櫛」が表紙絵として使われているのですが、そのやわらかで薄暗い女の風情が読後まぶたに焼き付いて、更に哀しい気分に浸ってしまいます。 白い白い、きれいなきれいなきれいな足袋じゃ。妾はそれを穿いて、陸蒸気に乗って津山まで帰るんじゃ。 |