『ぼっけえ、きょうてえ』


著者:岩井志麻子 発行:角川書店

――― きょうてえ夢を見る?
……夢ゆうて、何じゃったかのぅ。

 “ぼっけえ、きょうてえ”とは、岡山弁でとても怖いという意味だそうです。
新聞広告でこの本が大絶賛されているのを見て、ついフラフラッと買ってしまったものです。『最後のディナー』を必死で我慢したはずなのに……。
大絶賛は、この作品が第6回日本ホラー小説大賞を受賞したときの広告だったと覚えています。つい最近、山本周五郎賞も受賞しました。確かに、賞するに値する本だと思います。

 ホラー小説大賞を獲ったのですから、ジャンルは当然ホラーでしょう。しかし、哀しくて哀しくて仕方が無い小説です。まさかホラーでこんなに泣かされるとは想像もしていませんでした。
 短編作品集で、表題作の「ぼっけえ、きょうてえ」の他に、「密告函」・「あまぞわい」・「依って件の如し」の4作からなっています。作品全ての舞台が古い時代の岡山で、狭い地域社会の中で起こる息苦しい恐怖、土俗的な恐怖が静かに体の中に浸透していきます。方言を多用した文体が、また雰囲気をいやでも高めています。そして登場人物達はほとんど貧しさのどん底にいる者達です。貧しさというのは病のようなもので、確実に人間を蝕んでいく…… それが哀しくて、恐ろしくてたまらない世界を作ってしまうのです。

 「ぼっけえ、きょうてえ」は女郎の寝物語り、岡山弁の語り口調ですすんでいきます。醜く愛想もない女郎が客に頼まれて身の上を語り始めるのですが、それはそれはきょうてえ話でした。ただ、私は話の中身よりも、自分の力ではどうしようもない苦境の中にたまらない恐怖と哀切を感じました。“努力次第でどうとでもなる”環境で生きている事が当たり前のような今の世の中ですが、ほんの数十年前までは女郎になるしか選択肢が無い女たちが沢山いたのです。淡々と進む彼女の語りに、底知れぬ苦しみと悲しみが沈んでいます。何もかも慣れ、諦めてしまった彼女ですが、その中の小さな暖かい想いに泣かされます。

 これは……なんじゃろな。息を吸うたら吐くように、雨が降ったら濡れるように、あの巡査さんのことを思うたら涙が出るんじゃ。

 もともと地獄にぼっけえ近い所に生まれ育ったんじゃしな。
 そもそも間違うて生まれてきたんじゃけん。間違うて生かされてきたんじゃけん。

 言葉をじっくり選んで、踏み固められた小説を書く、次回作がとても楽しみな作家だと思います。4編とも、きょうてえほどに哀しい物語。甲斐庄楠音の「横櫛」が表紙絵として使われているのですが、そのやわらかで薄暗い女の風情が読後まぶたに焼き付いて、更に哀しい気分に浸ってしまいます。

 白い白い、きれいなきれいなきれいな足袋じゃ。妾はそれを穿いて、陸蒸気に乗って津山まで帰るんじゃ。





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