桐野タイトル

桐野作品 ヒロイン ヒーロー

桐野作品 名前 プロフィール等 描写シーン
光源
有村秀樹 撮影監督。40歳。かって、恋人・優子に捨てられた痛手からアメリカに渡り、撮影監督として日本有数の技術を身に付ける。トップの撮影監督といっても、映画の仕事がいつもあるわけではなく金に困っている。そんな折、優子から「ポートレート24」の撮影監督を依頼され、有村はその仕事を引き受ける。 昨日と同じ、色褪せたジーンズにMA−1を羽織っていた優子は有村の着ているMA−1は有村みたいだ、と思った。型が崩れて体に馴染んでいるもののも袖口や裾のニットは緩んでいない。気さくでありながら、心を許さない。
#有沢の一言
「お前だけの映画じゃないってことだよ」
玉置優子 映画プロデューサー。47歳。9年前に当時恋人だった有村を捨て映画監督の笹本和人と結婚するする。が、脳梗塞で倒れた笹本は未だに映画に携わる優子に嫉妬し優子を困らせ、元の妻のところに戻ろうとしている。プロデューサーとしてもう一度成功したい優子は、自分が育てたトップ俳優高見主演に、かっての恋人・有村を撮影監督に、新人の三蔵を監督に抜擢した3年ぶりの劇場映画「ポーレート24」で、仕事と私生活からの出口を見つけようとする。 狭い通路を、一人の女が後部の洗面所に向かって歩いて来る。小刻みに揺れる機体の振動に足を取られながらよろめき、あちこちの座席の背を掴んでいる。少年のように思い切り良くカットした髪に、黒のタートルネックセーターが似合っていた。女は有村と目が合うと、照れ臭そうに笑った。プロデューサーの玉置優子。
#優子の一言
「そんなことはわかんない。ともかく、あたしは映画の仕事が好きなの」
薮内三蔵 脚本・監督。27歳。いつか映画監督になりたいとこつこつ脚本を書きつづけ、自殺した叔父が残した写真を元に「ポートレート24」を完成させる。この脚本で玉置優子により監督に抜擢されるが、映画の内容に未だに迷い、思いのままにならない実際の映画現場にいらだっている。 三蔵が、蛙にも似た地黒の顔をこちらに向けた。造作は良くないのだが、口を開いたり笑ったりすると明晰さが現れ出て、人好きのする魅力的な風貌に劇的に変わる。
#三蔵の一言
「俺も意地を張りますよ、アリさん。意地張り抜いて、いい作品を撮りますよ」
高見貴史 主演俳優。40歳。笹本和人の映画に出ていたやくざ俳優だったが、玉置優子に見出されいまや日本のトップ俳優になっている。
優子に頼まれ新人監督の映画「ポートレート24」の主演を引き受ける。しかし、相手役・井上佐和の登場から主演としての自分に微妙な影が…。
ドアを開けた有村は、応接セットに腰掛けてコーヒーを飲んでいる男を見て驚いた。俳優の高見貴史だった。黒いジャケットを着た高見は長い足を組み、奥にある布張りのソファに窮屈そうに座っていた。
#高見の一言
「俺はあんたを信用できない」
井上佐和 助演女優。元アイドルだか現在は35歳の平凡なタレント。ヌード写真集を出版し、映画「ポートレート24」で高見と共演することで、返り咲きのチャンスをうかがっている。 鈍く光る生地で出来た銀色のスキーウェアのような物を着ている。同じく銀色のキャップ。グラデーションのサングラス。芸能人臭い装いだった。井上佐和。有村は腹の写真集を手で押さえながら挨拶した。
#佐和の一言
「じゃ、言っている私はみんなに迷惑かけてる馬鹿なんですかあ」
柔らかな頬
森脇カスミ 38歳。北海道の小さな村の食堂の一人娘として生れる。グラフィックデザイナーになりたいと、高校卒業と同時に家出、東京に「脱出」する。デザイン専門学校を出たものの、チャンスは来ず、現場を知りながらデザインの勉強をしようと「モリワキ製版」に勤める。その後、雇い主の森脇道弘と結婚、二人の娘がいる。しかし、仕事一途の夫に失望し、経営も厳しい。不倫相手のデザイナー・石井に「脱出」の出口を求めている。 石山に気付いて、女が少し面倒そうに立ち上がった。その瞬間、丈の短いタンクトップから深い臍が覗いた。兵士のような格好をしているのに色が白く、肩から腕の線が伸びやかで女らしい。尻が立派でルーズなパンツがよく似合っていた。だが、自分の発する性的魅力がわかっていないらしく、立ち居振る舞いが乱暴な分だけ逆に可愛かった。
#カスミの一言
「いいえ、そうよ。だから、私はあの子の命を探すべきだと思ったの。たとえ、私だけでもあの子が生きていると信じてやるべきだと思ったの」
内海純一 北海道生まれの34歳。北海道警察の捜査一課の刑事になるのが警察学校時代からの夢。仲間は敵で、上司は利用するだけの存在、犯罪者は益をもたらす客。と、同僚からどれほど嫌われようとひたすら成績を上げることに腐心し、ようやく道警一課の刑事になるが、胃がんを宣告され手術を受ける。余命半年。妻・久美子は滝川の病院で看護婦をしている。 ドアを開けると、廊下にリーゼントスタイルの目付きの悪い男が立っていた。黒のスーツに白いTシャツという服装はまっとうな勤め人と思えないが、男には自信を堅い枠に填め込んでいる窮屈な印象も備わっていた。一重瞼の利かん気な顔に、暗い眼差し。首の周りの肉が落ち、スーツがだぶつくほど痩せている。
#内海の一言
「こんな人生が待ってるなんて想像もしなかった」
OUT
香取雅子 43歳。信用金庫の有能なOLだったが、それを疎んじる上司、男性社員のいじめにあいリストラされる。再就職先が見つからず、弁当工場の夜勤パートをしている。
不動産会社に勤めている、二歳上の夫・良樹は会社が合わず、休日は部屋の中に閉じこもりがち。息子・伸樹は、都立高校を退学になり、ほとんど口を利かなくなっている。
それにしても、と邦子はまた雅子のことを考えた。あの人は、ジーンズに洗いざらした息子のTシャツやポロシャツしか着ない。冬はその上にスエットシャツか地味なセーターで、さらにひどいのは、穴にガムテープを張って羽毛が出るのを防いだダウンジャケットを羽織っていることだ。あれはいただけない。
#香取雅子の一言
「さあ、どうしてなのかあたしにもわからない。でも、あたしはあんたが同じことしたってやるよ」
吾妻ヨシエ 夫に先立たれ、寝たきりの義母の世話をしながら夜勤のパートをしている。長女は家を出、都立高校に通う次女と三人暮らしで、生活に余裕はない。
「自分がいなければ、成り立たない」この思いだけがヨシエの生きがいであり、プライドである。
働き者の吾妻ヨシエだった。五十半ば過ぎ。寡婦。手先が器用で、人一倍仕事が早い。工場の仲間からは小さな揶揄を込めて「師匠」と呼ばれていた。
#吾妻ヨシエの一言
「ねえ、早くやっちまわなくちゃ。ゴミは後で考えよう。」
城之内邦子 33歳。見栄っ張り。何の取り柄もなく、工場の夜勤のパートをやっている。
買い込んだ服や装飾品、車のローンなどで街金から返済に追われている。内縁の夫の哲也と暮らしているが、あまり仲は良くない。
それにひきかえ、この私はブスだ。ブスでデブだ。バックミラーを覗き込みながら、邦子はいつも感じる絶望的な気持ちを味わった。
えらず張って顔が大きいのに目は小さい。鼻はひしゃげて幅が広いのに、口は反対におちょぼ口で尖っている。私の顔の造作は、すべてがこの大小の取り合わせの失敗なのだ。特に夜勤の終わった朝は、ひどく醜く見える。
#城之内邦子の一言
「保証人が必要なんだよ。連帯じやないよ、ただの保証人。安心しなよ。うちも亭主いなくなったからさ、困ってんの。でも、誰でもいいんだって。人殺しの判子でもいいんだって」
山本弥生 山梨の短大を出て、東京の中堅タイル会社に就職。その会社に出入りしていた健司と結婚する。しかし、結婚とともに健司は、飲んだり、博打をしたりで家に寄りつかなくなっている。
5歳と3歳の息子がいる。
四人の女たちの、いや夜勤者の中でも弥生は一番の美貌の持ち主だった。顔は完璧な形をした部分の集合体だ。広い額、眉と目の優美なバランス、上を向いた鼻とぽつてりした唇。その肉体も小さいながら均整がとれていて美しい。工場ではひどく目立つため、苛められもし可愛がれもする。
#山本弥生の一言
「じゃ、雅子さん悪いけど、健司お願します。」
水の眠り 灰の夢 村野善三 両親と妹を東京大空襲で、次兄を学徒動員でなくし、長兄・忠志夫婦に育てられる。甥と姪が一人づついる。
大学卒業後、丁々発止の取材を得意としたたトップ屋となり、<遠山プロ>の一員として『週刊ダンロン』の記事を書く。通称「村善」。
ある日、爆弾事件が起こった電車に乗り合わせることから、事件に巻き込まれる。
時計を見ると、すでに十二時半。村野は慌てて洗面をすませ、洗濯屋から戻ってきたばかりのボタンダウンシャツに黒のニットタイをつけ、カーキ色の綿ギャバの背広を着た。昨夜の背広は酔って床に脱ぎ捨てたので皺になってしまっていた。
#村善の一言
「俺は自分に芯ががあるなんて思ったことは一度もない。むしろ何も持ってない人間だと思っている。そして何も要らない。」
後藤 村野善三の学生時代からの友人。
想像を膨らませて記事を書くのに向いており、村善とともに<遠山プロ>の両輪として活躍している。
後藤は仏文科の学生時代から、本当に良いものを見抜く目があって、しかもそれを楽しむ術に長けている男だった。軍国主義だの高度成長だの、いつも何かで突っ走っている日本では異質な存在だった。言うなれば、筋金入りの快楽主義者なのだ。美食や美酒を好み、美しい物を手元に揃え、美しい女を手に入れる。
#後藤の一言
「逆に俺は何もかも欲しい人間なんだ。いや、ちょっと違うな。気に入ったものは何もかも、と言うべきだな。気に入ると言うことが大事なんだ。」
大竹早重 日本画家・大竹緑風の娘。
美大をでてイラストを描くが、父に勘当され一人で暮らしている。
村野ミロの母親。

全体的にふっくらとした、まだ少女のようなたおやかな女だったが、目だけが鋭くてややアンバランスな印象があった。その危うさが村野の好みだった。それを知り抜いて後藤がその女を選んだとしか思えないほど、村野は瞬時にして強く魅かれたのだった。
#大竹早重の一言
「どうして?」と早重は村野の目を見つめた。「あなたが電話をくれるかもしれないのに」
ファイアボール・ブルース 火渡抄子 アマレスの元世界チャンピオンで、女子プロレスの弱小新興団体PWPのスター選手。この物語の主人公。 身長百七十センチ、体重七十キロ。筋肉質の均整の取れた体型。短く刈り込んだ髪。男のようだという人もいるが、顔は男よりはるかに美しく、かつ毅然としている。
#火渡の一言
「いや、好きも嫌いもない。要するに、あたしはこういうスタイルなんだ。今日はそれを忠実にやった。ただ、それだけ、そういうことだよ」
近田 火渡さんに憧れて信用金庫のOLをやめ、PWPに入った2年目の女子プロレスラー。まだ一勝もしていない。火渡さんの付き人として、この物語の「語り部」となっている。ほとんど主人公といってよいだろう。
わかっているけど、なかなか太れない。自分はこのPWPで内でも一番細くて、プロレスも下手だ。入門が二年前でデビューは昨年。だか、今までのシンズル戦の成績〇勝八敗は珍記録だと言われた。今日も無勝記録を塗り替えたので、それを野次られた程だ。
それに、顔だって平凡でアイドル系ではない。だから、美人レスラーで有名な与謝野ミチルのような人気もなかった。一度、社長からレフェリーへの転向を打診されたことがある程だ。
#近田の一言
「お願です!もうジェーンのことは忘れて試合のこと考えて下さい。あと十五日ですよ」
与謝野
ミチル
近田と同期の美人レスラー。
脇役だが、個人的には好きなキャラクター。
美人で、ちょっとひょうきん。そしていつも元気。
午後遅く合宿所に戻って来ると、玄関で与謝野にぶつかりそうに なった。大きめのTシャツと迷彩柄のパンツをはいてそのへんの男の子みたいな格好をしているが、美人なのでかっこよかった。
#与謝野ミチルの一言
「近田ちゃん、頑張ったじゃん。今日のジャーマン、火渡さんみたいだった。かっこよかったよう」
天使に見捨てられた夜 村野ミロ #ミロの一言
「村野ミロよ。探偵よ。あなた、あたしのところにいたずら電話くれたわね」
村野善三 #村野善三の一言
「わかっているんだろうが、事件を複雑にするな。それから、これはお前の責任ではないから言っても詮無いことだが、依頼人を死なせてはいけない。それは恥だ」
友部秋彦 トモさん。最近引っ越してきた、ミロの隣の部屋の住人。新宿二丁目にホモバーを経営する。弁護士を紹介したのが縁でミロの仕事を手伝うようになる。時に優しく、時に厳しくミロと接する。 彼は端正、かつ寂しい顔をした男で、年の頃は四十歳前後。「ナイトフライ」というホモバーを経営する新宿二丁目の住人だ。
#トモさんの一言
「俺はたちまち恋をして、もう女房や自分を騙す生活はやめにしたいと思ったんだ。で、とうとう意を決して、俺は同性愛者だと女房に打ち明けた」
顔に降りかかる雨 村野ミロ 現在、32歳。中学とき母親と死別、調査探偵業を営んでいた父に育てられる。高校時代に知り合った夫と結婚するが、2年後、ジャカルタに単身赴任した夫は、広告代理店に勤めていたミロの浮気を疑い自殺。それがきっかけで退職。
父の探偵事務所に住んで、無為の生活をしている。

#ミロのプロフィールは、「女探偵で読む!ミステリ読本」(アスペクト)が詳しい。
洗ってくたくたになった夫のTシャツに、色のすっかり落ちたジーンズ。短い髪は濡れたままノーメイクの額に張りつき、顔色はまだ悲しみで青白い。目尻には、しわが出来かけている32歳の女。さぞや魅力的に見えることだろう。
#ミロの一言
「あたしを殴ったら、国東会が黙ってないわよ!子供の時は、会長の膝で遊んだこともあるんだから」
村野善三 村野ミロの父。「村善調査探偵」事務所を持ち、主に国東会の仕事を手がける。現在は引退し、北海道で暮らしている。 黒のスーツに白麻の開襟シャツ。レイバンのウェイフェラー型のサングラスをしてパナマ坊をかぶった恰幅のいい父が立っていた。六十歳にしては、なかなか映画的な風貌だ。
#村野善三の一言
「私はただの調査屋以上の仕事をしてきた。それは、そういう荒唐無稽と思うことも、調べてきたからだ。大事なのは変だと感じる感性と、何故だと考える想像力だ」

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