『孤高のダンディズム〜シャーロック・ホームズの世紀末〜

著者:山田 勝  発行:早川書房


「東の風が吹きだしたようだ」

19世紀ヨーロッパ。過去がまだ生き残りつつも、現代に向かおうとする時代でした。そしてそれは「世紀末」特有の希望と不安の混乱が渦巻いていたのです。科学の進歩、キリスト教の権威の失墜、貴族的美意識の喪失……。そして「紳士の国」イギリスはモラルと礼節を重んじるピューリタニズムに縛られた、ヴィクトリア朝末期のただなかにありました。
そこに現れたのがシャーロック・ホームズという「世紀末のダンディ」でした。

ジャンルは評論です。コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズシリーズ」をテキストとして、19世紀末のイギリスに現れたダンディズムを読み解く物です。さらに、ホームズの生き様や思考を分析し、彼の人間像を掘り下げています。
評論は小難しくて、深読みしすぎて、とっつきにくい。と思われがちですが、非常に面白い本です。『チャールズ・オーガスタス・ミルバートン』の部分の抜粋を載せて、
この捜査においてホームズはすでに結婚詐欺、身分詐称、住居不法侵入
という犯罪を犯している。

とホームズの人間性に疑問を投げかけるところから始まりますから。
(確かにホームズはコカイン中毒だし、ヘビースモーカーだし、女性蔑視は激しいし、ホモ疑惑はあるし、etc、etc。ヴィクトリア朝常識人のワトスンが眉を顰めながらも長年付き合いつづけたというのは驚異だと思います)
しかし彼の問題点こそが、当時流行したワイルドやボードレールに代表される「ヴィクトリア朝“偽善的”道徳への反逆」である、と筆者は述べています。

ホームズによって示される「ダンディ」とは。神秘性と仮面性、無粋な者への無言の軽蔑の視線、飽くなき闘争のための孤独によって生まれる崇高性……。けっして現在流通しているようなキザでたらしな堕落した「ダンディ」ではなく、自らの美学の追及のための徹底したストイシズムなのです。彼の女性蔑視も、恋によって自制がきかなくなる「女」というものが彼の美学に反しているからで、アイリーン・アドラーのような孤高の自我を持ち、決断力と行動力を持った盲目の恋をしない女には敬意と(おそらく)ほのかな恋心まで感じるのでしょう。……とまぁ、この本のせいでマイブームは「ダンディズム」です(笑)

「シャーロキアン」は言わずもがな、「ダンディズム」好きにも、「デカダン」好きにも、「世界史」好きにもお勧め。時代に反逆しながらも、古き良きヴィクトリア朝=ワトスンと強い友情を育てたホームズの内面を楽しく、そして少ししんみりと読ませる、引力のある評論です。

「ワトスン、君は移り変わる時の流れの中の一つの岩だ。
だがやはり、東の風は吹き付けるんだよ」


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