『幽霊刑事』


著者:有栖川有栖 発行:講談社

―― 死んだりして、ごめん。

 ゆうれいでか、と読みます。有栖川有栖は、作者本人と同姓同名の語り手が登場する「学生編」「作家編」のシリーズキャラクター物が有名ですが、この本はシリーズものではありません。

 ジャンルは刑事とあるように、推理小説です。帯のあおり文句は「本格ミステリーと純愛ラブストーリーの協奏曲(コンチェルト)」!装丁もどこの江国香織かというような可愛らしさ。内容もまさしくハリウッド映画の「ゴースト〜ニューヨークの幻〜」そのままです。
 主人公の神崎達也は登場シーンですでに死んでいます。死んで幽霊になってしまった神崎巡査は、自らの殺人事件を自分で捜査しようと決意します、が当然殺された本人ですから、犯人はわかっています。犯人は直属の上司の経堂課長です。
 ……いきなり犯人をばらすなんて、本好きとしてあるまじき行為ですな。
 しかしそれだけではハードカヴァー一冊持ちません。課長は自分を殺す前に 「すまん」と詫びながら引き金を引いた。何故自分は殺されなければならなかったのか?神崎はこの世で唯一自分を認識してくれる同僚の早川篤と捜査に乗り出します。

 伏線もさりげなくきっちり張られ、それがしっかり完全に回収されているにも関わらず、「本格ミステリ」とは思えませんでした。事件とタイトルがあまりにも火曜サスペンス劇場的。本格様式美キラキラ感を期待しながら読むと裏切られます。がっかり。
   しかしそれでもあえてお奨め本紹介の“本読み”にこれを載せます。
 もしも幽霊であることがこれほど辛いことであるならば、私は死後の世界を望みません。恋人が自分を想って泣いているのに、抱きしめられない、姿を見せられない、声すらかけられない。触れてくれない、見つめてくれない、聞いてくれない。この苦しみを映画の「ゴースト」よりも、ずっとリアルに感じさせてくれます。

「幽霊は、霊媒に姿を見せたり声を聞かせることができるだけで、この世界の何かに触れることは不可能なんです。手紙も書けません」
「なら、いないも同然ね」

 神崎と早川の掛け合いが軽妙で、どちらかといえばアップテンポな文章で物語が進んでいくだけに、「死者」と「生者」双方の哀しみがより強く伝わってきます。
 推理小説の多くには死者がいます。しかし、その殆どが謎とその解決のみに重点を置き過ぎて、事件そのものの哀しみが軽んじられているような気がします。その点において「幽霊刑事」は、推理小説に伴う哀しみを深く掘り下げたものだと言えるでしょう。 

 当然予想される結末にも涙してしまうのは、この作品の「本格純愛小説」っぷりにやられてしまったからでしょうか?


「見えない!」





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