『フローラ逍遥』

著者:澁澤龍彦 発行:平凡社

「花は何の花、つんつら椿」「カメ、カーメ、カーメリヤ」

 戦後、五木の子守唄が流行っていた頃、あるパーティの席で筆者の澁澤龍彦は友人から「五木の子守唄をフランス語で歌いたいから訳してくれ」と頼まれました。そこでテキトーなフランス語で「つんつら椿」を「カメ、カメ、カメリヤ」と訳して歌わせたそうです。パーティは大爆笑の渦でしたとさ。

 と、このようなちょっとした導入から始まって、世界各地の文学に登場する花を、優美に、そして閑雅に語るという博物誌です。
 ジャンルは博物誌……よりもむしろエッセイでしょう。筆者の様々な方向に深く張り巡らされた知識と共に、水仙、椿、薔薇、百合、菫、エニシダ、苧環、チューリップなどなど、沢山の花が咲き誇ります。
 同じ花でも西洋と東洋ではこれほど違った性格を持つものなのか、と驚いたり、やはりあの花には、洋の東西を問わず、なにやら共通する雰囲気があるものなのだな、と感心したり。そして、筆者の旅先で出会った花々や、彼の庭を彩る花々がいかにも活き活きと描かれていて、文学世界の花々と、現実の花々に読書中は百花繚乱囲まれる心地です。

 百花に囲まれる。まさしくこの本は視覚的にも花々が咲き乱れるのです。
 挿絵として、植物画の図版が使われています。その美しさといったら、溜息が出るほどです。
 植物画=ボタニカルアートとは、植物の形態を伝えるための精密な絵であったものが、その美しさ、芸術的価値の高さにより、昔から(それこそナポレオンの時代よりも以前から)広く一般に普及し愛されているものです。
 私が読んだのはソフトカバーのものですが、箱入りハードカバー装丁のものもあるので、そちらの方も手に入れたくなる位の美本です。このヒヤシンスの花や紫陽花が大きな絵で見られると思うと……。真剣に財布と相談してみようか。

 世界の文学を彩る花に酔い、名手によって花開いた植物画に酔う。「龍彦の国=ドラコニア」に咲く麗しきフローラ達に陶然となってしまう一冊です。


記憶のなかにゆらめくフローラは、現実のそれよりも更に現実的に感じられる

  



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