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▲ 相応しい場所 ▲





 うだるような暑さが続いていた。蝉の鳴き声はもう既に日常の BGM と化し、 声を意識する事すらなくなりかけている。僕は残り一週間になった夏休みを どうにか満喫する手段を探していた。来週の今日には、僕はもう小学校に 登校している。残っている宿題は、絵日記だけ。僕は夏に飽きていた。

 僕とは逆に宿題をたんまり残している悪友、小杉がいつもの通りのにんまりと した笑顔を溜めて言った。
「俺さ、タイタン買ったんだ」
タイタンとは最近発売されたばかりの、大人気ゲームソフトの名である。
「三日間部屋にこもってクリアしたんだけどさ、そのせいでかあちゃんから えらく怒られてソフト取り上げられそうになったんだけど、なんか捨てられ そうだったし『鷺原に貸す』ってって切り抜けたんだわ。でもお前にそのまま 貸すのはなんか悔しいから、今度の日曜日の正午に、このメモに書いてある 場所に来てくれ。したら、渡すから」

 乾いた僕の夏時間に、タイタンは魅力的な潤いを持っている。音の出るような にんまり笑顔を見せた後、小杉は地方銀行の名前が下部に印刷されたデスクメモ の一枚を僕に渡した。小杉独特の右下がりの字でそこにはこう書かれていた。
「今年に一番ふさわしい、この街の建物の前」
ご丁寧に「今年」と云う部分には傍点が打ってある。一体これは、何の事 だろう。「じゃな、必ず来いよ」と言い残して、小杉はチャリで去って行った。 なぞなぞか、面白い。暇つぶしに解いてやる。

 日曜日の正午、僕は菊谷体育館の前に来た。この体育館は僕が生まれる十数年前、 オリンピックの競技場になった体育館だ。二千年はオリンピックが開かれる年。 今年に相応しい場所ではないだろうか。しかし、体育館の玄関ロビーに小杉の姿は なかった。うろうろと動き回ったが、見付からない。ここではないのだろうか?  僕は場所を移る事にした。

 正午を三十分過ぎて、僕は菊田に駅近くの電器店の前にチャリを付けた。 「ミレニアム」と云う名の大型チェーン店である。まるでパチンコ屋の前にでも 来ているような喧燥が僕を包む。スピーカーからは絶え間なく店のコマーシャル ソングが流れている。小杉は見付からない。僕は眉をしかめてチャリンコに 乗ったが、次に行く当てのある場所は思い浮かばなかった。

 どうにも仕方が無いので、チャリを自然、学校へ向けた。待ちぼうけをしている 小杉に申し訳ない気持ちと、ヤツの出したなぞなぞが解けない悔しさとが 入り交じって、嫌にこもった暑苦しい気分だった。第一、小杉が今でもその 場所で待っている可能性は少ない。時計の針はそろそろ一時半に差し掛かろうと していた。大した移動はしていない筈だったが、僕は菊谷町全域を廻った様な 錯覚を受けていた。

 小学校の校庭には、人影が無かった。殺伐とした茶色の粒が撒き散らされ、 広がっているだけだった。僕は漸く、うるさく鳴く蝉の存在に気が付いた。 ああ、なんて煩わしいんだろう。僕は小杉の前に兜を脱ぐ事にした。家へ 帰ろう。

 学校の校門を出て家の方に向かってチャリンコをゆるゆると走らせていると、 「おうい、鷺原ぁ」と何処からか声がした。小杉の声だ。ブレーキを握って 辺りを見回す。小学校の隣の中学校、そのまた向かいの大学院大学の校門前に 小杉が立って、こちらに向かって手を振っていた。ここが、ここがなぞなぞの 答えの場所だったのか?

 僕は疲れた顔をしていたと思う。なんでここなんだよ、と弱々しく尋ねた。 対する小杉は相変わらずの色黒の笑顔で「これ、これ」と大学の門に書かれた 字を指差している。反対の手にはタイタンが入っているだろう、ミレニアムの 黄色いビニール袋がぶら下がっている。大学院大学の校門には、剥げかけた 金色の文字でこう書いてあった。
「菊谷先端大学」

 「なんで、ここが『今年に一番相応しい場所』なんだよ」
僕は無感情に尋ねる。
「あ、なんだ、お前分かってなくて来たの? 道理で遅いと思ったよ。 この大学の名前、読んでみ?」
「菊谷先端大学」
「そう、きくた にせん たんだいがく」
「あ」

 つまらない。まったくつまらない。こんな駄洒落に僕は付き合わされたのか。 そうは思ったが、あんまり怒る気にはなれなかった。遅刻しているのが僕の方 だと云う負い目もさる事ながら、小杉の屈託の無い発想と笑顔が僕の沸点を 引き下げていた。いつも、そうだ。僕は小杉が大好きだ。

 「お前、分かんなかったみたいだけど、いいや。これ」
小杉はゲームソフトの入ったビニール袋を無造作に差し出す。ようし、三日 以内にクリアしてやる。なにしろ僕の夏休みは、まだ一週間もあるのだから。




と云う事で、『二千』ヒット記念品です、どうぞお納め下さいな。
こんな下手な着想で短文を書いたのは久しぶりです(笑)。
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summerさんから2000HIT記念として頂きました!
しかもちょっとミステリ仕立ての香味焙煎。
感謝多謝!きっちりロビーに飾らせていただきます。

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