近況報告


 初冬のやわらかな日光が手入れの行き届いた庭を包み込み、僅かばかり残った今だ木にしがみつく紅葉が、時たま微風に吹かれて心地よい音を耳に伝える。藤椅子に座って日差しを受けながら、要(かなめ)は久々の実家と休日を満喫すべく読書にいそしんでいた。
 久々の休暇。全くその通りだった。国の宰相と兵部省長官の2人、つまり要の上司が急死してしまい、その後始末におおわらわだったのだ。しかし、先程からほとんど頁は進んでいない。要の頭は傾き、体はすっかり椅子の背もたれに寄りかかってしまっている。正午を過ぎた位置にある太陽は、文字通り「午睡」のためにあるような温度を提供し、その誘惑に要は自然に身を任せているのである。
 かさり、と枯葉が揺れる。時たま鳴るその音で、より静寂が深まるようだった。黒の国の首都・黒耀の中でも表通りに面している要の実家だが、外の喧騒は奥庭まで届かない。要は浅い眠りに漂いながら、小春日和の静けさを楽しんでいた……

「わっ!!」

 ……はずだったが、突然の大きな声で、眠りの神様は走り去ってしまった。バネが戻るような勢いでまぶた開けた要の前には、悪気のある笑顔が至近距離で覗きこんでいる。
「ゆ…遊(ゆう)……?」
「おっはよ!兵部省の官舎に行ったらさぁ、休暇で実家に帰ってるって言うじゃない?なんでそういう事は早く言わないのよー。ユリノキ通り2往復もしちゃったじゃなーい。ま、でもいいや。久しぶりにおばさんに会えたし」
 寝起きの頭に言葉の洪水がなだれ込む。幼馴染の少女は容赦なく早口でまくし立てる。
「そうそう、おばさんアタシの髪見てビックリしてたよ。アレから会うの初めてだったから驚いちゃって、まあ。『遊ちゃん、なんか悪いもん食べたの!?』だってさ」
 2ヶ月前まで、遊の腰まで届く髪はそれはそれはつややかな黒髪だった。今では陽光を享けて輝く栗色になっている。瞳も黒から青になった。全ては“アノ”事件によるものだった。事件のきっかけを作り、また思いがけず深く関わってしまった要だが、彼自身遊の変貌に慣れきってはいない。今起こされたときも、日に透ける髪が眩しくて、一瞬遊だとはわからなかった。
「で、どうした?『なんでも屋』の仕事か?」
 どうせ自分に会いに来たのではないだろう。ただの幼馴染からより近しい感情を持つようになったのも2ヶ月前からだが、2人の関係はこれといって特には変わっていない。要は溜息を誤魔化しながら大きく背伸びをした。その拍子に膝に乗っていた本が芝の上に落ちた。
「あ、栞挟んでなかった」
「そんな本より、もっと読みたくなるモンがあるよ」
 遊は後ろで組んでいた手を解いた。
「じゃーん」
 彼女の手には白い封筒が握られている。
「桂(かつら)からのお手紙だよーん!」
 桂とは要の従弟で、赤の国の歌舞団『紅沙』の歌姫、恋(れん)の追っかけになってしまった男だ。恋の密かなファンであった要を馬鹿にし倒していたというのに、コイゴコロとは大変――大きく変わる――なものである。



遊へ


 元気かー?今俺は黄の国の首都“黄玉”にいる。熱帯なもんだから暑くて暑くて半分溶けかかって暮らしている。マジで日中は気温40度、湿度80%になるんだぜ?どこへ行っても蒸し風呂の中にいるみたいだ。

 しかし、俺は暑さにもめげず結構頑張って働いている。何をしているかというと、なんと『紅沙』の大道具見習だ。背景や階段の装飾はもとより、天幕の設営までやる仕事だ。気侭な学生だった頃とは段違いに忙しいし、なにより炎天下の肉体労働なモンだから、随分日に焼けて逞しくなったぜ。オンナノコからの秋波をかわすのが大変だ(ホラ俺、基本的にカッコイイから)。

 ただなんの計画性もなく「恋と一緒にいたい!」ってだけで黒の国から飛び出したから、流石に最初はどう生活しようか悩んだ。けど恋の口利きで『紅沙』に入れてもらって、仕事をするうちに面白くなってきてさ、今は親方の技を研究して自分の腕を磨いているんだ。この演目にはこんな飾りが似合うなぁとか、あんな大掛かりな仕掛けを作れば客がビックリするだろうなぁ、とか考えてると楽しくなる。意外に俺はこの仕事に向いてるみたい。

 そう、恋は黄の国でも大評判で、王宮にも招待されて踊ったんだ。王様が大感激したらしくって、黄の国の民族衣装を直接賜ったってんだからすごいよなぁ。最近偉いさんが見に来た時はその衣装で踊っている。なんというか……露出度が高くてどきまぎする。はっはっは、閑話休題。

 何しろ俺がまだ半人前だから、恋との間は今1つ進展しづらい。だけど、いつか俺の作った舞台で恋が踊る日を目指して頑張っている。洪さんと王さん(初日と楽日には絶対現れる2人!)に「お前になら姫を任せても安心だ」と言われるように、日々精進努力ってやつ。うわ、ちょっとマジ入ってるね、俺。

   じゃ、また黒耀に公演にいったときに会おうな。元気で!

桂より


  

「ねぇー。ちょっとどうよ、桂ったら」
「ああ、元気でやってるみたいだな。安心したよ」
 これで少しは叔父さん達もほっとするだろう。要は快活な叔父と叔母(つまり桂の両親)が「心配しとらんよ。あいつも男だ」と言いながら、密かに息子を案じていることくらいちゃんと気付いていた。
「そーいうことじゃなくって。恋する若人の熱さってやつぅ?やだ、もうあてられちゃうわねぇー」
「今1つ進展しないってあるが……」
「ホンット要ってニブチンねぇ。ホラ、桂って前は恋のこと「恋ちゃん」って呼んでたでしょう?それがいまや「恋」って呼び捨てだよ?どーよ、全く」
「いや、どーよって……」
 要は言葉を濁らせる。気が付かなかったのだ。
 ……確かに、鈍いか。そのせいだろうな……。
 肩から落ちてくる髪を鬱陶しげに払って、要は遠く黄の国にいる従弟と自分を比較した。こちとら今1つどころか、今3つほどの進展もない。下方へ傾きかける思考を正すため
「そういえば、暁様は近頃どうなさっている?」
 と無理矢理話題を変えた。
「え?あ、母様?うん、怪我もすっかり治ってね、今度礼儀作法教室の先生をやろうとしてるよ」
「礼儀作法教室?」
「うん。母様さぁー、王妃様なのはいいんだけど、つまりそれって乳母日傘で育っちゃってるってことなんだよね。家のこと何にも出来ないの。でも礼儀作法なら完璧じゃん?で、それを使って働き始めようとしてるの」
 藤椅子の回りを踊るような足取りで歩き回りながら、遊は話し続ける。
「そこでまた働き始めようと思ってくれるのは嬉しいんだけどさー、実務経験ゼロでしょ。個人で教室開くための準備とか、場所の確保とか、お月謝のこととか、そこらへんぜーんぶ私がやってんのよ。仕事が2倍だよ」
「なにも無理に暁様が働くことはないんじゃないのか?」
 と言うよりも、遊が無理しすぎるのは心配だ。要の僅かに滲ませたそんな言葉を嘲笑する様に、淡い日差しを浴びてくるくると遊は回転する。冬芝の色になったしなやかな髪が、自ら仄かな陽光を発しているようだ。そのまま要の背後に回りこんだ遊は
「働かなきゃやってけないっしょ。どっかの甲斐性なしが3人で住める家をなかなか買ってくれないんだから」
 と2ヶ月前の要の台詞を茶化した。要は頬が熱くなるのを感じ、わざとらしく膝の上の手紙を見るために俯いた。と、途端に髪の毛を思いっきり引っ張られ、その反動で上を向くことになってしまった。目に射し込む、冬の日光と輝く絹糸。空の青と瞳の青。

「早くしてよね。甲斐性なし」

 遊はそのまま派手な音を立てて要の額に口付けた。おまけに営業でも絶対使わない極上の微笑みをつけて。
 要の顔が一瞬で真っ赤になり、あまりの笑顔に目を見開いた。

 彼が自分に囚われていることを確認し、遊は更に笑みを深くした。  



1717HIT感謝!の字書き、依頼テーマは「遊と要のその後」でした。
なんじゃそりゃー、アノ事件ってなんじゃー、と思った方も多かろう。
これは信大SF&Mystery研究会伊那支部のリレー小説『日蝕の匣』の後日談 です。
なんでも屋の遊が、幼馴染のお役人である要からの依頼で、奇妙な匣を隣町に
届けることから始まる、ファンタジー、ミステリー、そして淡いラヴ!なお話です。
コピー本、1部200円(だったハズ)。いかがっすか?

キリ番ゲッターのjoh様に捧ぐ!相変わらず甘ぇよコイツら!!

joh様のHPへ→GO!


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