その笑顔を僕に

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 僕が君と出会った頃、まだ君はおさげをしていたね。
 君の家の庭にある桜から、雪のように花弁が降っていたことを憶えている。

 正直僕は、あの時機嫌が悪かったんだ。
 飛行機に閉じこめられ、車に長時間揺られて、やっと着いた所が想像以上に田舎で。
 これから僕はこんな国で生活しなきゃならないかと思うとウンザリしていたんだ。
 なんだか、古い家は湿気っぽそうだったし、変な虫なんかもいそうだし。
 空調の効いた都会の空間からはかけ離れている。
 君を紹介される時も、田舎の乱暴なガキのお守りか……とげんなりだった。
 (今だから言えるんだけどね)

 君のパパが、奥の間にいた君を呼んできた。
 軽やかな足取りが聞こえたかと思うと、僕の前にエレーナが現れた。
 エレーナ!
 君はエレーナにそっくりだった。
 いつも僕の隣にいたエレーナ。
 もう会えない、遠い故郷にいる僕の初恋の人。
 髪や瞳の色こそ違え、陶器のような白い肌を薔薇色に染めた君は、エレーナそのものだった。
 君は空色のスカートをまあるく風で膨らまして。
 羽根でも生えているかのように、僕に柔らかく飛びついた。
 その時の驚きといったら!
 僕のエレーナは、決してこんな風に僕の腕の中に飛び込んできてはくれなかった。
 君は僕の胸から顔を上げ

「こんにちわ」

 と可愛い声で僕に微笑みかけた。

 その瞬間に、僕は君の笑顔に囚われてしまったんだ。

 まだ幼かった君は僕にとても懐いてくれた。
 いつも素晴らしい笑顔を僕に向けてくれた。
 ……懐いているのは僕のほうだった。
 その笑顔を見たいがために、僕は君がどんなにお転婆でも徹底的に付き合った。
 憶えているかい?
 癇癪を起こした君に耳が千切れそうなくらい抓られたこともあった。
 高い木の上に無理矢理連れて行かれたこともあった。
 それでも、僕に我侭を言ったあと、必ず。
 君は素晴らしい笑顔を浮かべるんだ。
 ほら、僕が逆らえるわけもない。

 君との一時は永遠に続く春のようだった。
 しかし桜は散り終え、新緑は芽吹いていく。
 夏の薔薇が咲くように、ゆっくりと少女になっていく君は、僕以外の遊び相手を見つけた。
 そして。
 恋を知る。

 僕ではない、誰かに。

「あの人が、“おはよう”って返してくれたの」
「今日ね、偶然帰りが一緒になって……五分も並んで歩いちゃった!」

 君は誰にも言えない恋心をこっそりと僕にだけ話してくれた。
 僕の心を捉えて離さない笑顔が、ほんの微かに赤い色味を深くしながら。
 その笑顔で僕に語る君。
 その笑顔は、僕に向けられたものではない。
 それでも僕は黙って君の話を聞いた。
 少しでも、君の微笑みを見ていたかったから……

「彼が好きだって……言ってくれたの!」  

 今までとは違う、煌くような笑顔の君に何が言えるだろう。
 僕も。
 君が。
 好きだよ、なんて。

 初めての恋に戸惑う君は、それからも僕を相談相手にしてくれた。
 時々切なさに悩んで君はキラキラと涙を零した。
 僕なら君を泣かせる事なんてしない!
 それでも僕は、自分の想いを綿に包んでおなかの中に隠していた。
 大丈夫だよ。
 泣いてもいいよ。
 君の涙を受け止めるために、僕はいつでも腕を広げているから。
 君が小さかった頃のように、抱きしめてあげるから。
 どうか、笑って。

 あれからどれだけの時が流れただろう。
 君の笑顔は変わってしまった。
 少女から女性へ、確実に羽化していった。
 僕に相談する事もなくなり。
 君はもう、僕ではない誰かに直接微笑みかけるようになった。
 桜色の柔らかな微笑みではなく。
 真紅の薔薇の唇をほころばせる。
 そのうちに君の姿を見る事も途絶えた。
 田舎を離れ、都会の学校へ行ったと聞いた。
 僕は、閉じこもりがちになった。

 最近意識に靄がかかっている。
 この暗い部屋で考えるのは、君のことばかりだ。
 僕は君がエレーナに似ていたから好きになったんじゃない。
 君自身がとてもとても好きだった。
 君のあどけない笑顔が好きだった。
 あの頃の微笑みを取り戻して。
 例えその笑顔が他の誰かのものでもかまわない。
 どうかいつまでも変わらないで。
 遠いどこかの街の中でも、そのままでいて。
 ……でもちょっとだけ望んでも良いだろうか?
 もう一度だけ。一度きりでいいから。
 その笑顔を、僕に。

 ふいにドアが開け放たれ、眩しい光が目を刺した。
 光の中に、君がいた。
 もうすっかり大人の女になって、とても上手にお化粧をしている。
 ああ、でも僕はすぐに君だとわかったよ。
 僕は最後の望みがかなえられた事を知った。

  僕を見つけて、君が微笑んでくれたから。
  あの春の日に、僕の心を捕まえた笑顔で。 

 溢れる光に……僕の意識は溶けていった。



「パパ、ほら見て! 押入れの奥にあったの、懐かしい!」
「ああ……イギリスに出張に行ったお土産で買ってきた」
「そう、クマさんよ! 私の大親友の」
「ははは、そう言えば確か買うときに迷ったんだよなぁ。
 このクマのぬいぐるみの隣にあった人形も可愛くてね……ちょっとお前に似てたんだ」
「あら、そうなの? でも私はこの子で良かったわ。ねぇークマさん?」



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いやはや、9999,10000HIT大感謝!!
依頼テーマは『君のためにできること』でした。
クマさんができたことは“君”の笑顔を一瞬でも子供に戻した事。

キリ番ゲッターの嵯峨様に捧ぐ!
上手くガッ君の歌とリンクできたかしら??

嵯峨様のHPへ→ GO!



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