2月19日、3時17分


 閑散としている、という言葉はこの場合控えめだろう。
 この駅には人がいない。
 そう、駅員すらいない。私の生活空間である東京では考えられない存在だ。日本にもまだこういう所は残っているのだ。
 晩冬の昼下がり、漸く暖かくなり始めた二月十九日。私は久我下山の駅に降り立った。一両編成の電車は、緑とオレンジ――ところどころ錆びている――の体を揺らしながら単線の彼方へと遠ざかっていった。
 木造の駅舎を出ると、柱のすぐ脇の軒下に唯一文明社会的に見える置物があった。全国を網羅するNTTの公衆電話だ。使う人は殆どいないのだろうが、その置物は淡い橙の太陽を誇らしげに浴び、てかてかと光ってしている。



「……では、もう一度確認しますが、二月十九日の午後三時頃には久我下山にいたんですね?」
「ええ、十時の電車で新宿を出て、それから乗り継ぎ乗り継ぎで着いたのが三時十七分。間違いないですよ、久我下山から会社に電話をかけたんですから」
「ハイ、確かにそれは確認が取れています」
「だったらなんの問題もないでしょう、刑事さん」

 私はあの日ののどかな田舎道の風景を思い出す。雑木林が遠くに連なり、真っ青な空に柔らかな霞みをつくっていた。畑で働いていた老人が山と積んだ白菜の傍らで午後の一服。目的地の山本さん家までは、歩いてあと二十分といったところだった。

「電話をかけてから地主の山本さんの家に行って、それから六時十分の電車に乗って会社には戻らずに直帰しました。なにしろ東京に着く頃には終電になっていますからね。埼玉の自宅の方が近いんですよ」
「帰りの電車に乗ったのも久我下山の駅ですか?」
「ええ、勿論」
「山本庄蔵さんの家というのは、駅から歩いて二十分の場所ですよね」
「そうですが……それが何か」

 西の山にわずかに日光の端がかかり始めていた。冬の日は短い。特にこんな山の中では陽光が射し込む時間も少ないのだろう。私は歩きながら腕時計を見た。針は三時二十分までもう少しといった場所に位置している。

「……秋葉原さん。会社に電話をしたのは駅に着いてからじゃないんでしょう?」
「は? 何を突然そんな事を」
「それに、あなたが三時十七分の電車で久我下山に着いたというのも嘘だ」
「……嘘じゃないですよ」
「いや、嘘だ。あなたは一本前の電車に乗ってきたんだ。一時間半前に久我下山に着く電車だ。そしてあなたは上条へ向かった」
「それで、私が砥矢庵さんを殺したとでも言いたいんですか」
「その通りですよ。土地を安く買うためには、あのご隠居さんが目の上のたんこぶだったんですからね。上条から久我下山へ戻る途中、そう、丁度山本さんの家まで歩いて二十分ほどの道端からあなたは電話をかけたんですよ」

 私は、昔ながらの煙管で煙草をふかす老人との距離を目で測った。随分と遠いようだ。この距離ならきっと大丈夫。何しろこんな所に人がいるなんて思わなかったからな。まあ、気付かれることもあるまい。

「何を馬鹿な。あんな田舎にそうそう電話はありませんよ。駅前に一つだけでしょう?」
「それを久我下山駅にいた証拠にしたかったんでしょう? 駅前にある唯一の公衆電話。……あなたは携帯電話を使ったんだ」
「……私は、携帯電話なんて持っていませんよ。憶測でものを……」



「目撃者がいるんですよ。田舎のおじいさんだと思って侮っていたんでしょうけどね。……大きな黒い鞄を小脇に抱えて、独り言を喋っている男は、不審人物としてよーく憶えてくれていましたよ」

 


2月19日、3時17分…1987年




うぇいさー、リクエスト:携帯初めて物語でしたー。
えー? 途中ですぐわかったー? もっとひねろー?
未だに携帯電話を使いこなせない僕が、現代のケータイで
ひねった話が書ける訳ないんじゃー!

ということで、10101デジタルHITを得た田嶋屋様には
物足りないことと存じますが……お許しをぉぉ。

キリ番ゲッターの田嶋屋様に捧ぐ! 田嶋屋様のHPへ→ GO!


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