−−−◆−−−◇−−−◆−−−散歩 −−−◆−−−◇−−−◆−−−


 こういうモンなのかなぁ。

 佐々木さんは溜息をついた。さっきから同じ言葉をずっと、声に出さずに呟いている。

 ……こういうモンなのかなぁ。

 もうひとつ、溜息。やわらかな日差しが降り注ぐ午後の平日、散歩日和なのに、さっきから彼はずうっとこの調子だ。
 自分が想像していたよりも、定年後というのは退屈なものだった。世間の景気が悪くなったせいで、今まで尽くしてきた会社から、ちょっと早めの定年退職を言い渡された。退職金も充分出たし、会社に文句を言う気なんてさらさらないが……佐々木さんの足取りは重かった。
 なーんにもすることがない。なーんにも面白くない。
 だから、散歩。

 母さんはいいよなぁ。今日は……陶芸教室だっけ? 

 同じ年の妻は子育ても終わって10年、カルチャーセンターに通う日々である。そういえば、同僚の田代は奥さんと喫茶店はじめたって言っていた。この前来た娘に「お父さんも何かはじめたら?」と言われたが、仕事一筋、無趣味な男だということは娘の方が良く分かっているだろうに。……なんだか自分だけ一気に老けた気がする。それでも、人生の終わりにはまだまだ時間がある。これから20年近く、こんな日々を過ごさなければならないんだろうか。

 溜息をつきながら曲がり角を曲がったとき、佐々木さんはあっと小さく声を上げた。
 街路樹の中で一本だけ、数え切れない花を抱いている木があった。大きな花びらが天に向かって開き、濃緑の葉っぱを隠してしまうほどだ。

 こんなところに、こんな木があったかなぁ……。

 佐々木さんがここらに引っ越してきてからもう20年ほど経っている。しかもこの道は毎朝バスで通っていた道なのに、全く気付いていなかったことに驚いた。

 ……そうか、この木には、花が咲くのか。

 温かみのある白い花びらに、夢に淡くピンクが交じっている。頭上から甘い香りが舞い落ちてきた。それは、どことなく懐かしい香りがした。
 散歩には、素敵な驚きがある。佐々木さんの唇に今日はじめての微笑みが浮かんだ。

 そうか。この木には、花が咲くのか。



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高校のときに書いたものの焼き直しですが……。
結構自分でも好きな話だったと思います。
(ヤマもオチもイミもねぇのが好きってこと?)
日常生活で、植物に助けらることはとても多いです。

切り番ゲッターの嵯峨様に捧ぐ!

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