「金のカラス……、豆腐ゥ?なんじゃこれ」

 目の前の張り紙を読んで俺は思わず呟いた。
「今日飲もうって言うたんはアイツの方やねか。なんでおらんがよ」
今夜暇ならウチで飲まないか?と生協でミヤに誘われたのはいいが、奴のアパートの前で俺は独り言を続ける。部屋の中は真っ暗。当然ドアには鍵がかかっている。そして、その白いドアには、俺の目の高さよりちょっと低い位置に張り紙がしてあった。
「きんのからす、とうふ……ねぇ……」
俺はもう一度張り紙の日本語部分を繰り返した。

To Kanai.
 Sorry! Weit a minute,I'm going to buy
a Uron tea. I'll back soon!
So please use my key.The key is here.

金の烏 豆腐

 おいコラ、俺はカネイやって。なんだと?ちょっと待ってろ、ウーロン茶買いに行ってるところだ、すぐ戻る。入ってていいぞ、鍵はここ。で、金の烏、豆腐。
 ふむふむ。暗号か。最近ミステリ病に侵されている奴がやりそうなことだ。よっしゃ、さっさと解いて、さっさと部屋ン中に入って、がしがし押入れの中探ったろ。

「英語で書いてあるってことは、これも英語に直したらいいんかぁ?」

英語にすると……Golden crow. Tofu. あれ?豆腐ってそのまんまTOFUか?まぁ、良い。これをアルファベットに分解したら、G/O/L/D/E/N/C/R/O/W/T/O/F/U。入れかえるとなんか意味が通る言葉になるかも。紙とペンがないとダメやな。WOOD・RUN・FLOW……GとEとCが余ったな。大体これじゃ文にならない。WE・CUT・GROWN・FOOD。俺らは成長した食べ物を切る?違う違う。これじゃ鍵の位置は示してない。英文としてもおかしい気がする。
 英語じゃないのかもな。わざわざ漢字で書いてあるから、金と烏と豆腐が何か……あるとは思えない。ひらがな変換してみるか。き・ん・の・か・ら・す・と・う・ふ。これを入れかえるとどうなる?からのきふとうす。空の寄付と臼?臼なんてココにはないぞ。ふとんのうきから。布団のウキから出せってことか?布団もウキもないって。
 あー!分からん!鍵はどこじゃ!!

  

「ごめんごめん!待たせちゃって!」

頭を掻き毟っているところにミヤの野郎が帰ってきた。
「お前なぁ、自分で誘っといてなんで留守にしとらよ。えらい待たせやがって」
「え、そんなに待った?ゴメン!でも鍵使ってイイって書いておいたじゃない」
「暗号にすんなよ!暗号に!」
解けなかったことを誤魔化すかのように食ってかかる。だって、鍵がここにあるって、そのまま書いたらまずいだろ?ともっともらしいことを言って、ミヤはポストに挟まっていた封筒を取り出した。封筒の中から出てきたのは……鍵。

「お待たせしました!ヱビスを進呈致しますので、どうぞごゆっくり飲んでください!」
ミヤはビニール袋の中から恭しく500ml缶を差し出して飲みは始まった。
 ビールが空き、適当に炒めたツマミ達が消え、ポン酒とさきいかでじっくりやり始めた頃、俺は悔しいが負けを認めることにした。
「おい、なんでアレの答えが“封筒の中”になるんよ。教えろま」
アレって何?という顔を一瞬したあとすぐ、にへらっとミヤは笑った。うわ、ムカツク。
「だからー、アレをね、ひらがな変換するんだよ」
「やったっちゅ―の。“きんのからす とうふ”だろ?」
笑みが更に赤い顔に広がった。
「そこがポイント。あれをあえて、“かなのう とうふ”と読む。逆から読んでみな。“ふうとうのなか”になるだろ?」
……のほほんな見た目のくせしてひねり方がえげつねぇ。金の烏が“かなのう”だとー?分かるかそんなモン!
「ヒントはちゃんとあったよ。カネイをわざとカナイに間違えたり、烏龍茶買いに行くとか書いたり」
悔しがっている俺の肩を強めに叩いてミヤは
「いいんだよ、解かれる事を前提に作ってないから」
と言いやがる。
「じゃあなに狙って作ったがよ、あれは」
「あれねぇ、先週英語の講義で出た課題だったんだよ。人が来るけどちょっとだけ留守にするからゴメン、の張り紙を作れって問題。そのとき作ったやつがちょうど鞄に入ってて、君の好きなヱビスがないから買いに行こう、あ、でももうすぐ来るだろうな、どうしよう……で、ドアに貼っておいたんだ」
こいつホンマに酒に弱いな。文章ぶち切れで喋ってる。
「英語の課題であんなの出したんか?J・城島怒らんかった?」
「城島センセは誉めてくれたよ。僕ちゃんと説明したし。来た人が張り紙読むだろ、それで暗号を解きはじめる、すると待ってる人は退屈しない、ある程度時間もかかるから、その間に僕が帰ってくる。ホラ、上手く出来てるだろ?」
「ひねった答え提出して、可愛くない生徒やなぁ。んな上手いこといくかいな」
「上手くいったでしょ?もののみごとに」

………俺は憮然とした表情でコップをあおるしかなかった。



 

はい!実話そのまんま字書きです!
本当にこういう課題が出たんですわ。
一応暗号モノ(!?)をミステリの本屋さんへ

切り番ゲッターの田嶋屋様に捧ぐ!!

田嶋屋様のHPへ

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