コーヒー・ルンバ


 コーヒー・ルンバ。ご存知ですか? ここで小川知子と答えるか井上陽水と答えるか荻野目洋子と答えるかで世代が測れます。大きなお世話です。
 さてさて、コーヒー・ルンバでフラメンコが踊れるのか。そりゃ当然踊れますよ、ルンバですもの。この曲は多分スペインから輸入した曲なのではないでしょうか。スペイン語のタイトルは「Moriend Cafe」です。

 大学生になった僕は適度に運動になるサークルに入ろう! と思い立ちました。なにしろ中学高校と放送部に青春を捧げ、掛け持ちしている部活も文芸部、というインドア不健康まっしぐらだったもんですから。
 そこで小さい頃から観るのが好きだった社交ダンスをやろう、と思いダンス部の扉を叩いたわけです。ダンス部には社交ダンス部門とフラメンコ部門があり、どうせならどっちもやってみよー! と両方はじめました。――残念ながら社交ダンスの方は、専門の学部への移動時点でパートナーがいなくなってしまったのでやめてしまいましたが――

 初めて踊ったフラメンコがこの「コーヒー・ルンバ」でした。
 ゴルペプランタタコンという足の打ち方を憶え、腕の動かし方を知り、スカートを翻して踊るのです。踊るのです。……踊るはずなのです。
 いいか、そこぉ! フラメンコ踊りた〜いとか思っているかもしれないそこの君ィ!

フラメンコはマニュアル車の運転です。

 さあ思い出しましょう、教習所に通ったあの日々を! 足で3つのペダルを操作しながら、右手はハンドル、左手がギアを動かすのです。その動きを体が覚えるまでに、どれだけ車を暴走させ、助手席の教官はブレーキを踏まされたことでしょう。路上教習に出て坂道発進・右折ができず、どれだけの渋滞の列を作ってしまったことでしょう。
 フラメンコ初心者にとって、踊るということは全くそれと同じだったのです。
 足を打つと腕が動かない。腕を動かすと足を間違える。
 渋滞の列どころじゃありません。
 間違いなく何人か轢き殺してます。
 陽気な踊りなので笑顔で踊るべきなんですが、そんな余裕があるはずもなく 。
 足の打ち方手の動かし方を口の中でブツブツと呪文のように唱えながら、強張った顔で踊っていました。

 コーヒールンバの曲中で転調になる部分があるのはご存知ですか? “やーがてー、心〜うきうき♪”の所です。ここの足の打ち方が一番複雑でした。

 左・ゴルペ→右タコンで蹴り上げる→右足を上げたまま左タコン→右足を下ろしてゴルペ→足踏み

 ↑これを4拍で行います(足踏みの前までが2拍)。音にするとタタイタ・タタタタとなります。この右と左のゴルペとタコンを繰り返す足の打ち方を部内では「変な足」と呼んでいました。転調部分は、変な足+足踏みを2セット、変な足を4回繰り返す事になるのですが、ここに差し掛かると僕の口の中の呪文は

「変な足・足踏み、変な足・足踏み、変な足、変な足、変な足、変な足」

 と……このようになるのです。
 ブツブツブツブツ「変な足」と唱えながら強張った顔で陽気なルンバを踊る僕。踊っているときはいっぱいいっぱいだから気がつきませんよ、
 僕が一番変ってことなんか。





用語解説

ルンバ→フラメンコの曲形式の一つ。2拍子形の中で最もテンポが速い曲です。詳しくはこちら

ゴルペ→足の打ち方の呼び名、その1。足全体で打つ。

プランタ→足の打ち方その2。つま先だけで打つ。

タコン→足の打ち方その3。踵だけで打つ。

タタイタ・タタタタ→足の打ち方の口三味線。数を数えたり、このような音に変換して憶えたりする。



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