かりん の活躍

より・・・

製作=朝日新聞社・東急エージェンシー・日本ヘラルド映画グループ
1989.03.11 
107分 カラー ワイド
朝日ビデオライブラリー・ポニーキャニオン


監督 伊藤俊也

原作 宮沢賢治

監修 入沢康夫

脚本 筒井ともみ 伊藤俊也

撮影 高間賢治

音楽 冨田勲

出演 早勢美里(かりん)

   小林悠(三郎)

   雨笠利幸嘉助

   志賀淳二一郎

   坂根慶祐(耕助)

   宇田川大(悦治)

   草刈正雄(三郎の父)

   檀ふみ(かりんの母)

   樹木希林(お種ばあちゃん)

   内田朝雄(かりんの祖父)

   岸部一徳(祖父の使い)

   すまけい(専売局らしい男)

   吉岡甲之輔先生


内容―かりんを中心に―

(かりんの全台詞を太字で表してあります。)


 風の音。風の視点の空撮。雲の向うに岩手山が見えてくる。登山者の列の松明を吹き消す。野山を渡り、水田の案山子の帽子を飛ばし、サーカス小屋の中に寄り道する。
 草原を走る少女。鶏を見つけ抱く。左耳の辺りから何かが風に飛ばされる。慌てて拾い耳に付け直す。美しい耳当て(袋)である。
 
 少女は何かを聞くように手を添えて左耳を澄ます。
 

 タイトル。「風の又三郎 ガラスのマント」

 オープニングロール。

 旧盆の時期。山間の広い水田風景。ドジョウを手づかみする幼児(嘉助の弟)。
 泣く弟を抱えて家へ急ぐ嘉助。剣舞(けんばい)の衣装をつけていると衣装姿の仲間たちが迎えに来て、みんなと一緒に走って行く。

 本家へ行くために姿見の前で浴衣を着ているかりん。左耳には耳当てをしている。寝ていた母が起きて手を消毒しながら、大旦那様(祖父)にちゃんとあいさつするのだよと言う。
 「おらやっぱり一人じゃいやだ。」
 母はかりんはまだまだ子供だと言う。
 「お盆はあんまり好きでねえ。剣舞も踊れねえし。」
 母が指で唇に紅を付けてくれる。クレゾールが匂う。かりんは出掛けに
 「おら知ってるぞ。今夜またじじ様の使いがうちへ来て、おらを母ちゃんから取り上げる話をするんだべ。」
 母は心配するなと言う。かりんは提灯を持って出かける。

 走ってきた剣舞姿の一郎(リーダーらしい)、嘉助、その他の子らが橋の上でかりんに追いつく。
 
 みんなはかりんを取り囲んで「臭(くせ)え臭え、病院臭え。」と囃し、ついて来るなと言って提灯を剣で払って川へ落としてしまう。

 かりんが家へ戻ると入口に自転車がある。中では使いの男が母に療養所へ入り、かりんを本家の養女にしろと説得している声がする。かりんは隠れてもんぺをはき、怒った顔で紅を手の甲でぬぐう。男の革靴の片方を持って森へ行き、靴を放り投げる。そして大きな洞のある木に向かい、木に左耳を当ててみる。中に置いてあるマッチでろうそくに火を付ける。(かりんの隠れ家らしい。)
 その頃ふもとの本家の庭では子供たちが剣舞を踊っている。家の中にはたくさんの正装の大人たち。いちばん前には祖父の姿。祖父は眼が悪いらしい。
 かりんは眠ってしまう。ろうそくの火が消える。
 捨てられた靴が動き出す。かりんはびっくりして洞を飛び出す。靴を履いた一本足の魔物(影男)が追って来る。逃げるかりん。
 
 倒れたところを巨大になった靴に踏みつけられる。
 そのとき風が吹いてきて影男を吹き払う。歌が聞こえて来る。「どっどど どどうど どどうど どどう・・・ああまいりんごも吹き飛ばせ すっぱいりんごも吹き飛ばせ・・・」 声の方へ行くと霧の中から木の枝に座った青いマント姿の少年が見える。
 「誰だ。」
 少年の姿は消えてしまう。
 走って帰るかりん。家の前で心配して待っていた母に抱きつく。
 「母ちゃーん。」
 泣く。

 九月一日。三人の子が走って登校して来る。屋根に鐘楼のある小さな学校。教室を覗いた子が中に白いマント姿の少年を見つけてびっくりし、泣き出す。上級生たちもやって来て外の窓から「早く出はってこー。」と呼びかける。かりんもやって来る。少年が振り返ったのを見てかりんはハッと思い出す。
 
 少年が帽子を動かすとつむじ風が起こり、強い風が吹いてくる。嘉助は「風の又三郎だ。」と言う。みんなが話しているうちに少年の姿は消える。
 鐘が鳴り教室に入る。全学年一学級の教室である。先生の後から少年が入って来る。
 
 先生がモリブデン鉱山の仕事の父親と一緒に北海道から来た転校生だと紹介し、名前が高田三郎だとわかる。風が吹いてきてみんなの机の上の通信簿を飛ばす。とっさに拾おうとして倒れたかりんの目の前に長いコートを脱いでひらめかせながら入って来た男の革靴が現われる。三郎の父である。彼が取り出した懐中時計を見てかりんはドキッとする。
 
 始業式を終えて父と一緒に帰る三郎を雑巾バケツを持ったかりんが見ている。
 本家へ向かって走るかりん。庭で働く人たちのそばをそっと通って密かに蔵のカギを持ち出す。するとワッとおどかす者がある。
 「あー、なんだお種ばっちゃか。たまげたー。」
 
 カギを見せると小声で早くお行きと言う。かりんは蔵の中を捜して長持の中から懐中時計を取り出す。動かないので振ってみる。
 回想―― 木の枝に座っている赤いケープの女の子。黒いマントの男が時計を示して指でこの時間まで待っていろというしぐさをし、時計を枝に吊るして銃を持って行ってしまう。赤い長靴の足を揺らしながら待っている女の子。待ちくたびれて時計を持って歩き出す。小動物を撃つ銃声。びっくりしてしゃがみこんだ女の子は「父ちゃーん」と走り出し、つまづいて転ぶ。走り寄った父が抱き起こすと石で打った少女の左耳から血が。その顔が今の自分の顔に変わる。ハッと気付くと後ろから祖父に掴みかかられている。祖父はかりんの顔を手探りして「かりんか?」と言い、母に頼まれて父の遺品を探りにきたのか、何か見つかったかと手探りする。
 「なんも見つからねえ。」
 と、かりんは急いで時計を胸元に入れてしまう。祖父は早くうちの子になれと言う。

 お種ばあちゃんと父の墓参りをし、花びらを墓の上に撒き散らしているかりん。お種に甘える。
 「おとうの話まだ聞きてえか。」
 「お日さんが沈むにはまだ間があるべ。」
 二人はじゃれあうようにしている。お種の話―― かりんの父は長男ながら風来坊で大旦那様も困っていた。あるとき街からおなかの大きな女を連れて戻って来た。それがかりんの母だ。今度は落ち着くかと思ったがやはり何をやっても駄目でとうとう分家されてしまった。猟で誤ってかりんを傷付けてからは気に病んで身体を悪くしてとうとう亡くなってしまった・・・。ところで母ちゃんのぐあいは?
 「母ちゃん療養所さ入れたほうがいいべか。」
 
「だどもかりん、寂しくねえか。」 かりんは無言。
 汽笛。高い橋の上を汽車が通る。
 「父ちゃんは街へ行くとき汽車で行ったのかなあ・・・。汽車はいいべなあ。どんな遠くへも行ける。」
 汽車が空中へ昇り出す。
 幻想―― かりんは夜汽車の中にいる。窓に談笑する両親が映っている。父は三郎の父に似ている。窓から視線を戻すとハッとする。誰も乗っていない。ドアが開き白いマントの三郎が現れ、そして消える。
 「かりん、やい、かりん!」と声がして男の子たちがお化けの仮装で二人を取り囲み脅す。お種が髪を振り乱し「こっちはほんとの鬼婆だぞー。」と追いかける。みんな逃げて嘉助の小さい弟だけが残されて泣いているのをお種があやす。かりんは時計をくるくる振り回しながら笑っている。

 九月二日。男の子らが校庭の鉄棒に乗って三郎を待っている。かりんも乗って待つ。三郎がやってきて「おはよう!」と言い、ドイツ語で歩数を数えながら大股で校舎の方へ歩く。みんなは訳がわからず、一郎は反感を持っているようだ。
 授業は音楽。全員で「どんぐりころころ」を器楽合奏している。一郎はポケットから蛙を取り出し、縦笛を吹くかりんの肩に乗せる。蛙は次々にみんなの頭や楽器を飛んで窓枠に止まる。ユーモラスなシーン。
 放課後、沼の浮島に乗って遊んでいる男の子たち。向こう岸をかりんが行く。臭え臭えと囃したてながら後を追う。かりんが小川にかかる小さな吊橋にさしかかると男の子らは橋を揺らしてここから先は行ってはならねえぞと通せんぼをする。
 
 「おら用がある。」
 この先にあるのはお化け病院だと言う。
 「お化け病院だなんてうそだ。療養所だもん。」
 悪い胸の病気が移ると言う。
 「悪い病気なんかじゃねえ。」
 男の子らは「臭え、臭え、病院臭え。」と繰り返す。
 かりんは橋から下の小川に下りて男の子たちともみ合いとなり、水に膝をつけさせられスカートがびしょぬれになってしまう。
 そこへ三郎が現れ、かりんの匂いはクレゾールの匂いだから清潔だと味方をし、療養所なら昨日見つけたと言う。「君は行ったことがあるの?」とかりんに聞く。
 「今日が初めてだ。どんな所か見ておきたくて。」
 三郎は近くまで連れて行ってやると言ってかりんの手を引いて先に歩く。みんなもついて行く。
 鼻をつまむ男の子たち。療養所が見えてくる。そのとき大きな発破の音。「又三郎の父ちゃんだ。」という子に対し三郎は「お父さんは発破なんか使わない。どこにどんな鉱石があるか匂いだけでわかるんだ。」と言う。男の子たちは三郎を誘って原っぱへ橇(そり)遊びに行く。
 かりんは柵のそばまで行って建物を見上げる。窓には少女の姿が見える。戻ろうとすると有刺鉄線に引っかかり、脚に血がにじむ。
 草の斜面で橇遊びをする子供たち。気がつくと橇の上から三郎の姿が消えている。

 夜七時。家で留守番をしているかりん。かまどに火を付け竹で吹く。入口の戸がガタガタ鳴る。
 「母ちゃん?」
 外に出る。
 「又三郎。」
 青いマントの三郎が来ていて、袋に入った木の実をくれる。開けて見て
 「又三郎が拾ったのか?」
 風が強くてどんどん落ちるのだと言う。
 「かわいそうだ。」
 いや、風が持って来た話をたくさん聞いたから喜んで次々落ちるんだ。木の実に聞いてごらんと言う。
 「又三郎、もう行ってしまうの? 母ちゃん仕立物届けに行ったっきりまだ帰らねえの。」
 三郎はうなづいて去って行く。マントがキラッと光る。
 「またさぶろーう。」
 かりんは木の実を左耳に当てて何かを聞こうとしている。
 そのとき一郎が、大変だ、かりんの母ちゃんが倒れていると報せに来る。かりんは一郎、嘉助と荷馬車に乗って急ぐ。水車小屋に飛び込んで
 「母ちゃん!」
 抱きつく。
 「ひどい熱だ。」
 母はそんなにくっつくなと言う。
 「おら母ちゃんのそば離れない。消毒すればいいべ。おらクレゾールの匂い平気だから。」
 母はみんなに抱きかかえられて馬車に向かう。

 九月三日朝。雨。授業風景。かりんの席は空。雨は上がって、放課後男の子たちは葡萄採りに出かける。耕助は秘密の場所へ三郎を連れて行くのが不満である。途中、たばこ畑でたばこの葉をむしった三郎にみんなびっくりし、専売局に叱られると非難する。特に耕助がしつこく非難する。
 滝など美しい風景の中を歩く場面。
 場所に着いてみると、かりんが来ている。
 
  耕助は誰に聞いたと言う。
 「お種ばっちゃと来たことがある。」
 一郎たちに向かって
 「夕べはありがとう、ありがとう。」
耕助はかりんの葡萄の籠を「よこせったら。」と取ろうとする。
 「母ちゃんが熱出してすっぱい葡萄食いてえって言うから。」
 三郎が石を投げ、栗を落とす。かりんがむいてみると白い実が入っている。
 みんなが葡萄を取っていると耕助にざっと水が掛かる。又三郎が掛けたなと言って二人の言い争いが始まる。耕助は風など世界になくてもいいと言う。三郎はその理由を言えと言う。しまいに耕助が答えに詰まり、変な答えを言って一同笑いとなり仲直りする。
 かりんが帰宅すると牛乳を持って見舞いに来たお種が家から出て来る。
 「お種ばっちゃ。」
 「母ちゃんは?」
 母ちゃんは大丈夫、眠ってるよと言う。かりんが家へ向かおうとするとお種はかりんの髪を掴んで、あの使いの男が怒ってるから靴を返した方がいいと言う。
 かりんは森を探すうち、風車のある三郎の家に行き着く。窓を覗くと三郎の父がチェロを弾いている。
 三郎に招き入れられ、父から葡萄ジュースをもらう。三郎がロープを引くと天窓が開き空が見える。三郎がかりんに偏光顕微鏡で砂糖の結晶を見せる。父がかりんに背の高いビーカーの過冷却水に結晶を入れさせてきれいに輝く結晶の乱舞を見せる。
 
 父が水汲みに外に出る。
 かりんはビーカーに左耳を当てている。見ている三郎に話し始める。
 「父ちゃんと猟に行って転んで鼓膜を破っちまったんだ。山ん中のぶなの木のところで待ってろって言われたども、なんだか心細くなって父ちゃん捜して追いかけたんだ。したら、父ちゃんの撃った弾が、おらあびっくりしちまって。」
 
かりんは目を閉じる。ドーンと銃声の幻想。かりんは目を閉じたまま手探りであたりを探り、チェロに触れるとしゃがんで胴に左耳を当てる。
 「だどもこっちの耳っこはいつもなら聴こえねえいろんな音や不思議な音が聴こえるんだ。」
 目を開け、踊りまわりながら明るく
 「畑の土に耳っこ付ければ春の来るのがわかる。木の根っこに押し当てれば木の実のはじける音も聴こえる。」
 三郎はそれはきっと本当の耳なんだと言う。
 かりんは袋を出す。
 
 「そのとき壊れた時計。父ちゃんの。大事にしまっといたども。」
 帰ってきた父が修理を始める。やがて動き出す。
 「動いてる。」
 父のチェロの演奏。二人は屋根裏の中二階で聴いている。
 
 「母ちゃんにも聴かしてやりてえなあ。」
 天窓の外の木々の上には月が出ている。

 それが明るい太陽に変わる。セミが鳴いている。
 九月四日。日曜。四人の男の子が山道を歩く。三郎がほんとに来るかななどと話している。約束の場所へ来るとかりんもいて花の冠を作っている。三郎が途中で会って誘ったのだという。
 「馬っこ見に行くのだぞ。おなごのくせに。」
 「おら馬っこ好きだ。乗ることもできる。」
 「うそこけ。」
 かりんは冠をかぶって歩き出す。三郎はどうぞというしぐさをする。みんなもしぶしぶついて行く。
 上の原に着くと一郎の兄さんが迷うといけないから土手から出るなと言う。土手に入る時一郎以外の太った三人が入口の丸太の上にまたがって折ってしまう。嘉助はそれを外してしまう。
 みんなが馬に触れているとき三郎は恐くて手を引っ込めてしまう。
 
 みんなは笑う。かりんは仔馬に冠をかぶせている。三郎は競馬をやろう、馬を追って向うの大きな木まで競争だという。みんなは自分の馬を決める。かりんも決めろと言われ
 「うん、おらあこれ。」
 「こんな仔馬でいいのかあ。」
 「うん。」
 みんなは馬を追って走る。やがて馬は入口にさしかかり、丸太のないところから二頭が逃げてしまう。嘉助は懸命に追うが天候が悪くなり道に迷う。怪しい岩や木の根に脅えながら大木の洞に逃げ込んで気を失ってしまう。気がつくとその木の上の方に立っている三郎がガラスのマントを光らせて高く飛んで行く。
 霧の中からかりんの姿がやって来る。エコーのかかった声。
 「嘉助、嘉助。」
 倒れている嘉助を揺り起こす。
 「しっかりしろ、嘉助、嘉助。」
 「気付いたか?馬っこもおるぞ。」
 「又三郎・・・」
 
 「又三郎がどうかしたのか?」
 嘉助はガラスのマントの話をする。
 「又三郎ガラスのマント着てたのか?嘉助。」
 「おら、そったらこと言ってねえ!」
 兄さんやみんなもやって来る。三郎もいる。嘉助は不思議そうに見る。
 みんな一緒に帰る。

 三郎とかりんが森の小さな浅い流れを歩いている。
 「又三郎の父ちゃん、どんな石っこがどこにあるか匂いでわかるって本当か?」
 三郎は本当だと言い、父の真似をして演説してみせる。かりんも石を拾って
 「モリブデンはここに落ちています。」
 三郎は靴を拾って
 「靴も片方落ちています。」
 かりんはびっくりして
 
 「それおらが探してた。」
 かりんは例の木の洞に靴を置いて
 「又三郎がおればおらもうおっかなくない。」
 三郎が歌を歌い出す。「どっどど どどうど どどうど どどう」
 「その歌知ってるぞ。この森で初めて又三郎と会ったとき。そうだべ?」
 三郎は「もし僕に会いたくなったら本当の耳っこだけ澄まして歌ってごらん。」と言って続きを歌う。「ああまいりんごもふきとばせ、酸っぱいりんごも吹き飛ばせ」
 二人一緒に歌う。
 「どっどど どどうど どどうど どどう どっどど どどうど どどうど どどう
 どっどど どどうど どどうど どどう どっどど どどうど どどうど どどう」

 馬車に自転車と一緒に乗って来る例の使いの男のシーン。

 靴を持って帰って来たかりんは入口の自転車を見てどきりとする。中では男が次の日曜日にかりんを迎えに来ると話をしている。かりんは外へ飛び出し、また靴を遠くへ投げ飛ばす。涙をこらえる顔。

 寝込んでしまった嘉助の家に一郎たちが見舞いに来る。嘉助は三郎がガラスのマントで飛んだことを打ち明ける。一郎は信じない。信じる子と信じない子に分かれて取っ組み合いが始まる。嘉助の母に叱られても反目している。

 朝の教室。一郎と嘉助は不穏な雰囲気。悦治がかりんに「元気ないな。あとで川原へ来てみろ。おもしろいことが始まるぞ。」と言う。
 放課後。川原を一郎たちが歩いている。崖の上から嘉助たちが橇滑りで下りてきて、一郎たちに泥団子を投げつける。かりんが上から見ている。新しい泥団子を作っている嘉助たちを一郎たちが襲い、双方泥まみれとなりついには笑い出す。みんなは川へ入って泳ぎ出す。するとそばに石が投げ込まれる。対岸で三郎が「石取りしないか。」と言い、水に潜って石を取って浮かび上がり、また投げる。きれいな紫水晶の塊である。みんなはかわりばんこに潜るが取れない。
 みんなは立ち泳ぎしながら三郎を責める。嘉助は「おめえのおかげでおらは嘘つきにされた。」と言う。
 
 みんなで三郎を水の中に沈めると三郎は浮かんで来ない。びっくりするかりん。
 「おーい。」と言う声がし、遠くの岸で服を着ている三郎。石を鞄にしまって歩き出す。ほっとするかりん。みんなは「おまえが本当の又三郎なら風を起こせるか。」と言う。
 
 三郎は「すぐに出来るさ。」と言って口笛で歌を吹きだすが風は起こらない。と、ドーンと発破漁の音がする。みんなは川原を歩いて魚を拾いに行く。魚を取っていると変な男がこっちへ来る。みんなは専売局がたばこの葉を取った三郎を捕まえに来たと思う。一郎の命令でみんなは三郎を隠すように立ちふさがる。かりんも後ろの方に立つ。一郎の先導で「あんまり川をにごすなよ、いつでも先生言うではないか。」と繰り返し叫ぶ。男がステッキで一郎を小突こうとすると風が男の帽子を飛ばし、男は追いかける。
 口笛が聞こえてくる。後ろの大木の上に三郎が立っている。風が激しくなり、雷が鳴ってどしゃぶりの雨が降ってくる。かりんが
 「雨はざっこざっこ雨三郎、風はどっこどっこ又三郎」
 と叫ぶ。みんなも一緒に
 
 「雨はざっこざっこ雨三郎、風はどっこどっこ又三郎」
 かりんがびしょぬれの顔で三郎に微笑みかける。三郎は視線を外し憂い顔を見せる。かりんはいぶかる。

 風雨は夜も昼も吹き続ける。風雨の中の無人の学校。廊下の日めくりが11日を示している。

 九月十二日月曜朝。お種がかまどのお釜の蓋を上げると横からしゃもじでさっとご飯を掬ったかりん。急いで食べる。お種が今味噌汁ができるからと言っても
 「うーん。」
 食べ続けている。「学校が遠くなったからといってどうしてそったに早く行くんだ?」
 「きのうは二百二十日だったべ?」
 お種がひどい風と雨だった、なかなか寝付かれなかったねえと言うと
 「又三郎、飛んで行ったかもしれねえ。」
 かりんは掛けてある帽子とマントを取って出かけようとする。奥から祖父が出て来て「かりん、何かあったのか?」
 「なんでもねえ。」
 マントを羽織って雨の中へ出て行く。
 
 橋の上で一郎、嘉助に追いついて一緒に学校へ向かう。
 学校の入口を雑巾がけしている先生。「おはようございます。」三人がやって来る。嘉助が先生に又三郎が来るかと聞く。かりんも
 「きょうも来るか?」
 先生は三郎はもう昨日よそへ行ったと言う。父の仕事が中止になったためだと言う。かりんは説明の途中で帽子とマントを脱いで走り出し、森へ向かう。
 
 三郎の家に入る。何もなく、暗い。天窓を開ける。
 「又三郎。」
 と言ってみるが風が舞うだけ。時計を取り出すと止まっている。懸命に振ってみる。
 「どっどど どどうど・・・」
 歌おうとするがうまく歌えない。泣きながら何度も歌おうとする。
 「どっどど どど・・・」
 晴れて天窓から光が差し込む。
 校庭の鉄棒の上では男の子たちがやっぱり又三郎は行ってしまったなあと話している。
 かりんは洞の木に行き、左耳を当てる。歌が聞こえて来る。明るい顔で歌い出す。
 「どっどど どうどどど・・・」
 療養所へ走るかりん。
 「母ちゃーん。」
 「母ちゃーん。」
 窓に母の姿が現われる。
 「どっどど どどうど どどうど どどう」
 「又三郎にもらった歌だ。」
 
 「どっどど どどうど どどうど どどう ああまいりんごも吹き飛ばせ すっぱいりんごもふきとばせ」
 「どっどど どどうど・・・」とみんなの声が聞こえ、振り返ると木の後ろからみんなが現われて一緒に歌う。「どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹き飛ばせ すっぱいかりんもふきとばせ」 かりんは微笑む。一郎と嘉助は顔を見合わせて頭を掻いている。かりんが窓へ手を振ると母はうなづく。別の窓へ振ると前に見た少女が手を振り返す。母は安心した顔をする。
 かりんはみんなと森の中へ走り去る。
 歓声を上げて草原を走って行く子供たち。

 エンドロール。雲がしばらく白い帽子と広げたマントの形になる。子供たちの姿がはるか彼方に消えていく。



かりんは小さな神子

伊藤俊也

 映画「風の又三郎――ガラスのマント」の製作に入る前に、私は撮影台本の前文に次のような文章を記しました。

 この映画は、宮沢賢治のドリームランドから吹く風が運んでくれた《すきとおったほんとうのたべもの》を貰って育った私たちが、賢治さんありがとう、と心からの敬意と感謝をこめて送り返すひとつの歌としての「風の又三郎」です。
 ですから、原作の「風の又三郎」からそっくりそのまま貰ったところもありますし、原作にはないかりんという少女を、まるで「銀河鉄道の夜」のジョバンニ少年に似た、病気の母親を持つ孤独な少女として登場させてもいます。
 いまや二十一世紀へ向けて大きく羽搏こうとしている現代の少年少女達へ、「風の又三郎」をしっかりバトンタッチしてくれる役割を私達はこの少女に托しているのです。
 宮沢賢治という存在の巨きさの前には、私達の試みは比べるべくもありませんが、せめて「虔十公園林」の虔十が植えた杉苗の一本のようであってほしいと心から願うものです。

 以上の考えは、映画を完成した今もまったく変っておりません。ここでは、映画の中のかりんという少女に話題をしぼって、もう少し詳しく私の思いを語ることにしましょう。
 かりんの生みの親は、共作者である筒井ともみさんです。私はかりんを育てるにあたって先に述べたような考えから、この少女を小さな神子(巫女)として位置づけていきます。神子というのは、普通の人々に神様との橋渡しをしてくれる女性のことですね。映画の中の又三郎と現代の少年少女(観客)とを仲立ちしてくれる聖なる少女とでもいったらよいでしょうか。また同時に、かりんは映画の中でも又三郎と村の少年たちとの間でそのような役割を演じていくのです。
 たしかに、かりんには聖なる条件はそろっています。まず、片方の耳が聞こえない、にもかかわらずその耳は、普通の耳には聞こえない音を聞くことができること。次に、母親の病気とからだにしみついた消毒液の臭いのせいで(けがれが実は聖なることの証しでもあるのですが)、いじめられ仲間はずれにされていること。さらに、森の奥の大樹の虚の中に自分の隠れ処を持っていること。かりんはこの場所で大地の精霊と交信することができるのです。
 たまたま、その晩にかぎっては、森の大樹の隠れ処もかりんに楽しい夢を見させてはくれませんでした。彼女の小さい胸に収まるには気にかかることがいっぱいありすぎたからでしょう。悪夢は片足の影男となってかりんに襲いかかります。ようやく、風が影男を吹きとばして救ってくれますが、このとき、風の又三郎はその片鱗をはじめてかりんの前に現すのです。
 ひと晩の出来事としては大変な体験でした。かりんはただひたすら走りました。満天に星の降る原っぱを、そして暗い木立のなかをもう夢中で走りました。木立を抜けるとそこはすぐにかりんの家です。こうして、かりんは帰りの遅いのを心配して家の前で待っていたお母さんの胸にとびこんで泣くのですが、木立を抜けたあと、私はかりんに粗末な木の鳥居をくぐらせているのです。(映画を観て、はたして気がつかれるかどうか。)実はこの鳥居は撮影用に作ったものではなく、実際の場所にあったものなのですが、まさに神子としてのかりんの通り道としてこれに優る場所はないとの私の考えから撮影地に選んだのでした。
 ある場所へ行くと不思議な感覚に襲われる、そのために魅せられるようにしてある境界線を越えてしまう、するとそこでぞくぞくするような体験をする。しかし、それは同時に、今まで足を踏み入れたことのない場所であり、初めての体験だから、急に怖いものになる。あとはただ夢中で逃げ帰ってくる。このような経験は、子供の時分誰にでも一度はあるものではないでしょうか。ここに述べたかりんの場合がそうですし、「風の又三郎」の中では、上の原で馬を追って道に迷った嘉助が辿るのもこれに似た状況です。芥川龍之介の「トロッコ」などはその典型です。そして、彼らは決まって帰還したあとに泣きますね。それだけ、その体験が子供の胸に余るような特別のものだったのでしょう。そして、そのような現実と非現実のはざまで、ひとはたとえば風の又三郎にも出会うことができるのです。かりんがまず出会ったように、そして最も少年らしい少年である嘉助がガラスのマントの又三郎を見ることができたように。
 快感と怖れの交じり合った感受。映画体験と呼べるものも、このような体験に近いのではないかと思います。又三郎もかりんもスクリーンの陰にひそみながら、いつでも皆さんとの出会いを待っているのです。

風の又三郎―ガラスのマント―(朝日新聞社編)より



かりんと早勢美里さん

 この映画では主要な子役ついては公募が行われました。
 昭和63年4月6日に朝日新聞紙上で発表され、7日夕刊の全面広告で募集開始されました。公募するのは又三郎役とかりん役の二人。応募資格は又三郎が4年生〜中学1年生。かりん役が3〜6年生(脚本の設定は9歳)で、夏休みを中心に映画の撮影に参加でき、保護者の許可を得られる人。履歴書1通と、顔のアップと全身の写真を4月30日必着で送ること、ということでした。
 4月いっぱいで又三郎が605人、かりんが1013人、他に児童劇団関係分を合わせて約2700人の応募があり、締め切り後の分も合わせると3000人を超えると思われました。
 6月5日の最終オーディションで先ずかりん役の早勢さん(10歳)が選ばれ、後日又三郎役の小林君(11歳)が決まりました。子役は総勢21人です。7月21日の制作発表会で早勢さんは「やればできると思っています。」とコメントしました。
 夏休みに入り、岩手県湯田町の旅館広間で最初のリハーサル。少年達は一人っきりの女の子を意識してさかんに照れました。
 7月25から県内6ケ所でのロケが開始されました。初日は和賀郡湯田町の湿原「浮島」で。(他に遠野市荒川高原、一関市、和賀川、など。)学校や療養所などはオープンセットを建て、約95%は県内ロケで撮影されました。
 ある日、繰り返されるテストに続いての本番。きびしい伊藤俊也監督。この日、かりんの演技にとうとう監督のOKは出ませんでした。涙ぐむ美里さん・・・。
 10月23日クランクアップ。
 翌平成元年1月19日完成試写会。
 3月11日松竹・東急系91館で全国公開。初日は渋谷東急で午後2時10分から伊藤監督、草刈正雄、主な子役7人による舞台あいさつが行われました。


 
プロデューサー補、柘植靖司氏の製作日誌より

6月5日
 朝日新聞本社にて子役の最終オーディション。これまでに三千人近い子供たちに会ってきた。全体のバランスを考えてそれぞれの役を決めていく。主役の少女かりんには、富山から公募してきた早勢美里さんを決めたが、肝心の又三郎はこの日決定できず。
7月18日
 現地リハーサルのため、監督がメーンとなる七人の子供を連れて岩手に出発。上野駅のホーム。大きなリュックを背負った子供たちはピクニック気分である。今日から一ヵ月半の別れ、見送りにきたお母さんたちだけが泣いている。
7月25日
 細い道を三十分ほど登った山あいの湖に浮かぶ小さな浮島でクランクイン。子供たちは、この土地で生まれ育ったかのように遊び狂っている。これをうまくフィルムに収めていけばいい。
8月9日
 ロケーション前半の山場である馬追いのシーンなど、遠野地方での撮影を終える。倒れた母親と水車小屋で会うシーン、かりん役の美里が初めて大きな演技の壁にぶつかる。母親に抱きつくときの表情が作れないのだ。監督とマンツーマンの演技指導が続く。結局、三十秒ほどのこのシーンに六時間近くを要した。この遠野ロケで子供たちと五十人近いスタッフとの間に強い一体感が生まれたように思う。
8月15日
 今日で四日間、ほとんど雨にたたられて撮影が進んでいない。映画の後半、炎天下の川遊びの最中、又三郎が風を呼び、雨を降らせ、あらしとする場面である。
8月25日
 雨にたたられ続けている。河原のシーンを後回しとし、小学校のロケセット撮影に入るが、校庭のシーンはもちろん、教室の外向けの撮影が出来ない。スケジュールが大幅に狂っている。このままの異常気象が八月いっぱい続けば・・・。予算表を見ながら背すじが寒くなる。
 子供たちも悪天候にストレスがたまっている。けんかをよくするようになった。そのうちの一人が宿のふろ場の戸ガラスに突っ込んで足を縫うけがをする。幸い大事には至らなかったが肝を冷やす。
9月11日
 撮り残した学校のシーンなど、土日を中心に子供たちに再び岩手に来てもらい撮影を続ける。大きく予定が遅れている。子供たちはうれしそうだが、付き添いの親御さんには本当に申しわけない。
11月20日
 音楽録りのため、久しぶりに子供たちを集める。今日で子供たちのすべての作業が終了する。長い雨との闘いの岩手ロケ、大人のペースで進む撮影現場で、彼らは驚くほどの可能性と適応性を発揮して、よくがんばってくれた。彼らの存在が天候不順に悩まされ続けたこの撮影スタッフの唯一の救いであった。彼ら自身にとっても大いなる自己発見のひと夏であったと思う。その姿が永遠にフィルムに焼き付けられ、それは見る人に必ず感動を与えるだろう。心から子供たちに感謝する。ありがとう。


 伊藤監督の言葉より。

 この映画について。
 「かつて見て感銘を受けた、戦前の島耕二監督の作品はモノクロだったが、あれをカラーにして現代の特撮技術で撮り直すだけでも意味がある。でも、それでは原作をなぞるだけに終わってしまうから、もっと広がりを持たせたい。
 脚本家、筒井ともみさんと共同でシナリオづくりを進めるうちに、少年だけの原作に新たに少女を登場させることを思いついた。片耳が聞こえない少女、かりん。その耳がしかし、普通の人には聞こえないかすかな風の音を聞き分けるというのはどうだろう。
 映画づくりのなかで最も不安だったのは子役選びだった。はたしてイメージにぴったりの子が見つかるかどうか。公募してもダメだったら・・・・。決めたあとも不安だったが、かりんと又三郎が絶妙のコンビネーションとなりほかの子もいい子がそろって、予想以上にうまくいった。自分の作品としては最高のものがつくれた。」

 かりん役の早勢さんについて。
 「オーディションで選びましたが、かりん役の早勢美里ちゃんは写真を見た時にとても期待していました。富山から来ましてね、最初の印象はちょっと野暮ったいかなと思いましたが、彼女としゃべってるうちに素敵だという感じがして、しっかりしたものを持っている。がんばってもらえそうだ、と。」


 公開直前の朝日新聞の紹介記事です。

 かりん役 早勢美里さん(11) 「オラ」のセリフ困った

 「風の神の子」又三郎に対して、かりんは、「地の神の子」のイメージで登場する。片方の耳が不自由だが、その耳で、普通の人には聞こえない春が来る音や、木の実のはぜる音を聞くことができる。
 かりんを演じているのは、富山市の小学五年生、早勢美里ちゃん(11)。学校の放送委員で活躍するなど、活発な女の子だが、時折見せる、ちょっと寂しげな表情は神秘的な少女の役にぴったりだった。
 そして大変な頑張り家。ロケでは三ヵ月近く親元を離れ、家族に会ったのは一度きりだったが、決して「寂しい」と言わなかった。女性スタッフと一緒に旅館に泊まり、洗濯など身の回りのことは、全部一人でした。
 ロケの間、落ち着かなかったのは両親の方。父の健一さん(43)は毎晩、「美里に電話しよう」と母、利子さん(40)に催促した。美里ちゃんは「一番会いたかったのは、電話で話のできないマユミ」という。マユミというのは、ペットの犬。二年生の時、成績が上がったごほうびに買ってもらった雌のチワワだ。ふだんは、餌(えさ)やりなど、一切の世話を美里ちゃんがしている。
 岩手ロケでは、楽しい思い出がたくさんできた。林で拾ったクリを、子供たちだけでこっそりゆでて食べたり、山ブドウのつるでターザンごっこをしたり――。旅館の近所の人も、「かりんちゃん」と声をかけ、かわいがってくれた。スタッフが楽しそうに働いているのを見て、「将来は映画の小道具係になりたい」とあこがれるようにもなった。
 美里ちゃんは「撮影でつらかったことはあまりない」と話す。せりふの中で自分のことを「オラ」と呼ぶのが嫌だったのと、みんなが見ている中で泣くシーンが、恥ずかしかったくらいだというのだ。
 でも、ロケから帰った美里ちゃんを迎えたお母さんは、別の感慨を持った。「だいぶやせて、足にヤブ蚊に刺された跡がいっぱいあるのに驚きました。勝ち気で泣き言を言わない子ですが、この子なりに、苦労したんだなと思ったら・・・・・・、胸がいっぱいになりました」


 関連サイト
  
風の又三郎の世界映画「風の又三郎」
  
HAYASE Misato-unofficial web site風の又三郎 ガラスのマント