4月は出会いの季節だという。
俺の今年4月の出会いは、エキセントリックな予備校の教師達だった。彼らについていって、本当に来年合格発表で笑えるとは思えない。迷える受験生を導く前に、自分の社会生活を立て直せ!とつっこまざるを得ないような問題児……いや、問題中年ばかりだ。
勉強にある程度のプライドを持っていた俺は、B判定の大学に落ちた意気消沈さを引きずりながら、予備校に通っている。「浪人時代は得るものが多い」とセンダツとやらに自慢なのかなんなのかわからない助言をされたが、始まったばかりの俺の浪人時代は、まだ何も得ていない。アラマホシキコト、も物事によりけりだ。
「はぁー……」
駅のホームで本日何回目かの溜息をついた。起きてから2時間弱だというのに、溜息は数え切れないほど出ている。……俺そんなに予備校いやか?自分でも良くわからないが、憂鬱な気分であることは確かだ。天気も良くないし。寒くもなければ暑くもないし。
「おはよう!」
背後から突然ピアノみたいな声がした。振りかえると、金メッシュの入った髪の女がいた。
「……あぁ、おはよう」
同じ予備校に通っている奴だ。名前なんて知らないが、とっている授業が結構かぶっているので顔は覚えている。
「いい天気ね」
どこがだ。雨が降りそうにもない薄墨色の雲が果てしなく空を覆っている。ヤンボーとマンボーがどうあがいても、今日は一日中曇りだ。そんな俺の表情を読み取ったらしく、
「花曇っていうのよね、こういうの」
と言葉を続けた。物は言いようっていうのよね、そういうの。
特に反応を返さない俺にかまわず、金メッシュはにこにこ喋りつづける。
「この駅の横の道って、桜並木になってるでしょう?今ちょうど満開で、朝からいい気分味わえてイイよねー」
ふーん、そりゃ結構なことで。俺の横に来て、そいつは線路の向こう側の土手を指差した。高い土手の上は桜並木の道なのだが、ホームからはアスファルトの防護壁が見えるだけだ。時々花びらが何枚か落ちてきて桜があるのが窺い知れる程度だ。大体俺のくる道は桜並木と反対で、満開の桜は見えない。
「私、桜の道と反対方向から来るから見れないのよねぇー」
なんだそれ。朝からイイ気分じゃなかったのか?
「でも、毎朝楽しみなんだっ」
だからなんなんだよ、それ。桜があって、見れないけど毎朝楽しみでイイ気分だ?馬鹿じゃねーの、と言いたいが黙ったままでいる。とりあえず、こういう変な女はシカトするに限る。そのうちどっか行くだろう。
電車がきた。さっさと乗り込むと金メッシュは俺の隣に立った。おいおい、俺は桜に背を向けて立っているんだぞ。それじゃ見えないだろ……って、どうせ電車に乗ったらホームよりもっと下がってしまうから、土手の上の桜なんて見えっこない。どーでもイイからついてくんなよ、うざってぇ。
「いい?一瞬だから注意してね」
電車はゆっくり動き出した。
あ………!
確かに一瞬だった。俺は、満開の桜を見た。
ガラス張りのビル。それはちょうど線路を挟んで桜並木の真正面に建っている。
俺が見たのは、そのビルにうつった桜だった。彼女が土手に背を向ける方向に立ったのは…そうか、だから……
「あんまり晴れてると、光が反射して桜がよく見えないのよねー」
だから、今日はイイ天気なんだ!
彼女はピアノの音色で小さく笑った。
「桜咲く窓よ」
…………サクラサク、窓。沈んだ気分がわずかに浮上。
単純だね、俺ってヤツは。
4月は出会いの季節だという。……名前でも聞いてみるか?
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